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「水元さん? 買い物ですか?」
「ええ。ここのパン屋のクロワッサンがおいしいって聞いたので」
「こっちでおいしいパンってなかなかないですよね」
「そうなんです。パサパサしてるでしょ? 水分抜けてるっていうか硬めのパンが多いっていうか」
「陳列してるうちに乾燥するんじゃないですか?」
「それもあるでしょうね。あちこちのホテルのパン屋もケーキ屋も回ってるんですけどね、なかなかこれってパンに出会えないんですよ」
休日は市内のパン屋やケーキ屋巡りをしているという。手にはすでにベーカリーの袋を持っているが、まだ買うつもりらしい。それは太るはずだ。
でも海外生活のストレスをそうやって発散しているのかもしれないから、余計な事は言わないでおいた。その代り、一つ情報を教えてあげた。
「中山広場《ヂョンシャングゥワンチャン》ちかくの洋食屋さん、知ってます?」
「いや、知らないですね。どのあたり?」
詳しく場所を説明すると、水元はうなずいた。お店巡りをしていると言うだけあって市内の地理には詳しいようだ。
「その店のアップルパイとモンブランがおいしいそうですよ。テイクアウトはないかも知れないし、私も食べてないので期待外れかもしれませんが」
「いえいえ、アップルパイとモンブランがあるなんて貴重な情報ですよ。ありがとう、今度行ってみます」
にこにこと手を振る水元と別れて、下りエスカレーターに乗った。
「孝弘ってホント、色んな情報を持ってるよね」
祐樹がくすくす笑う。
「そんな大した情報じゃないけどな」
「水元さん、喜んでたじゃん」
「ああ。たぶんうまいと思う。日本人の女子留学生情報だし」
「どこでそんな子と知り合ってんの?」
「飛行機のチケット手配しに行ったCITS(中国国際旅行社)のカウンターで。留学生料金のことで販売員の説明が聞き取れなくてトラぶってたから手伝っただけ」
出張の手配をしに行って、ちょっと通訳しただけの話だ。
「韓国人の彼氏連れだったし、祐樹が心配することはないよ」
「…そういう意味じゃないけど」
そう言いながらも祐樹が頬を緩ませたので、かわいいなあと孝弘の頬も緩む。
「孝弘は買い物ないの?」
「マオクーと新しい毛布が欲しいけど最後にする」
マオクーはウールのズボン下のことで冬の必需品だ。ズボン下といっても薄い下着ではなく、分厚いタイツのような防寒着だ。毛布もかさばるからタクシーに乗る直前じゃないと面倒だから後回しだ。
「じゃあ、もう出る?」
「ああ」
外に出ると商城(ショッピングセンター)前の広場に人だかりができていた。カラオケ大会や大道芸なんかをやっていることがあるから、めずらしいことではない。
「あれ、何だろ?」
「見に行ってみる?」
側に寄って見ると、テントに人がずらりと並んでいる。そのテントで何か配布しているのか、お金を払っているようだ。
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