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 テントの隣には自動販売機が2台置いてあって、テントに並んだ人々は何か受け取ると、今度は自動販売機の列に並んでいる。 「へえ珍しい。自動販売機だ」 「ホントだ。噂で聞いたけど、本当にあったんだな」  最近、大連にも自動販売機がお目見えしたらしいと職場で中国人スタッフが話しているのを耳に挟んでいたが、現物を見るのは初めてだった。 「じゃあこれは自動販売機に並んでるの?」 「いや。自販機で使う専用コインを買う行列だな」  テントに並んでいる人に理由を尋ねて孝弘が答えた。 「何それ?」  祐樹は微妙な顔になる。  防犯上の理由なのか、まだお試しなのか知らないが、日本のように直接硬貨を入れて商品を買うのではなく、自動販売機用の専用コインを買って、そのコインを入れて商品を買うというシステムになっているのだ。商品の金額に合う硬貨がないせいかもしれない。 「今までみたいに露店で買うほうが手間がないんじゃない?」 「だろうな。でも自販機で買いたいんだろ」  見に行ってみたら売っているのは普通のジュースだ。向かいの露店で同じものが売っている。並ばなくてもすぐに買える。でも物珍しさからみんな自動販売機で買いたがっているのだ。  専用コインを買って、隣りの自動販売機でジュースを手にした人たちが楽しげな笑顔で感想を言い合っている。  大人も子供もにこにこして、初めての体験の興奮が周囲にも伝わってその場はうきうきした空気が満ちていた。人生初の自動販売機なのだから、興奮するのも無理はないのだろう。 「せっかくだから、大連の自動販売機体験してみる?」 「ううん、それはいいや」  祐樹が首を横に振って「それよりお昼食べに行こう」と孝弘の袖を引いた。 「何食べたい?」 「んー、家常菜《ジャアチャンツァイ》(家庭料理)がいいな」 「ふつーの中華?」 「うん。意外と日本食食べる機会が多いよね」 「ああ。俺もびっくりした」  職場の近くに通称ジャパンストリートと呼ばれる日本食堂街があって、駐在員がよく食べに行くのだ。  ランチには日替わり定食もあり、周辺の食堂よりは割高だが日本食が食べたい人には重宝する。孝弘や祐樹は大体何でも食べられるが、青木は慣れない食事で腹を壊すことも多くて日本食を食べたがるから一緒に行くことも多い。  ビルの地下には社員食堂もあって、そこは中華メインだがとにかく食事には困らない環境だった。 「あ、でもせっかくだから春餅《チュンビン》か水餃《シュイジャオ》行きたい」 「そうだな。やっぱ専門店おいしいもんな」  色々忙しくて祐樹の誕生日以来、春餅店にも行っていない。スタッフにお勧めされた店を思い出しながら、近場の春餅店にしようと決めた。

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