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 せっかく市内に来たのだからとタクシーではなくあえてバスやトロリーバスで移動した。 「こういうの、久しぶり」 「だな。タクシー移動か社用車ばっかだもんな」  大抵の日本企業では交通事故防止のため専属の運転手が雇われている。だからバスやトロリーバスに乗るのはずいぶんと久しぶりだった。  私服でこうしてバスに乗っていると、5年前に祐樹を連れてあちこち北京市内を散歩したことを思い出す。  孝弘はまだ留学2年目で、祐樹は初めての中国で、北京の街角で遭遇する色んなことに目を丸くしていた。…かわいかったな。今もかわいいけど。 「大連には櫻花珈琲店は来るの?」  トロリーバスの窓から街並みを眺めていると祐樹に質問された。 「予定あるよ」   大連出店計画はすでにある。  海外の統治時代を経験したことがある大連は外国文化に寛容だし、現在開発区に指定されているから外国人居住者はまあまあの数だ。今後も増えていくだろう。    大手チェーンはないものの、外国人が個人で開いているレストランやカフェにはおいしいコーヒーを出す店もあって口コミで知られている。    本格的な洋食はまだまだ少ないが憧れは強いし人気があるから、大連店はレオンがかなり力を入れているのだ。  上海店、北京店とは違って、外国人観光客向けというより大連在住の外国人および中国人をターゲットにした地元密着型の店づくりになる予定だ。  だからみやげ物などの物販品はほとんど置かない。珈琲店としての勝負になる。 「来年3月オープン予定で準備中」 「そうなんだ。楽しみだな」  孝弘が明かすと祐樹が嬉しそうに笑った。 「そのうちレオンが打ち合わせに来るだろうから、また飲みに行こう」 「うん。あ、この前レオンからメールもらったよ」 「なんだ、あいつ。俺をスルーして祐樹にメール出してんのか」  わざと拗ねた顔を作るとくすくす笑った祐樹が軽く肩をぶつけてきた。  トロリーバスの揺れを感じながらどこか中国らしくない風景を眺めていると、異国を旅しているような気分になる。またどっか旅行行きたいな。  当分は無理だとわかっているが、ついそんなことを思ってしまう。一緒に行った香港と雲南省が楽しかったせいだ。またどこかに連れて行こう、孝弘はこっそり行先を考える。  春餅店ではやっぱりお腹いっぱいになって、腹ごなしに散歩した。掏りも多いので人ごみは避けて公園をぶらぶらする。剣舞や太極拳や水書道をしている人たちを眺めながら二人で歩いた。 「芸達者な人が多いよね」  観光客に花鳥字を描いている人の周囲には人だかりができていた。赤やピンク、緑などの鮮やかな色遣いで鳥や花をモチーフに漢字を書くもので、客の名前や好きな四字熟語などを描いてくれる。

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