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「高橋さん、雪ですよ」
朴栄哲の声に事務所にいたスタッフの手が止まる。窓の外を見ると、灰色の空からちらちらと白い物が降りてきていた。
午後の事務所のどこか眠たげな空気が吹き飛ばされて、小さな会話が起こる。
「本当だ。初雪ですね」
「ええ、いつもより少し遅いです」
「そうなんですか?」
11月になってからぐんぐん気温が下がり、ここ数日は零下になる日もあった。
11月半ばになると近いうちに降るだろうと話題になっていたが、ふわふわと降る雪は頼りなく風に散らされている。
「積もるのかな?」
「たぶん溶けますよ」
祐樹が目を細めて空を見ていると、孝弘が答えた。
「まだ昼間は零下じゃないですからね」
朴も同意する。
一番寒い時期になると昼間でも零下のままなのだ。そんな寒い地域で暮らすのが初めての祐樹にはちょっと想像がつかない。
「もうすぐアイスクリーム、段ボールで売る時期ですよ」
「どういう意味?」
朴の言った意味がわからずに首を傾げたら、こともなげに言われた。
「路上で箱売りするんです、冷凍庫に入れなくても溶けないので」
「へえ、そうなんだ」
「はい。肉や魚も凍ったまま外で売ります」
「凍っちゃいけないものはどうするんですか?」
「室内で売ります。あとは箱に入れたり、布団かけて凍らないようにしてます」
「へえ布団をかけるの? 大変そうだね」
「そろそろ苹果梨《ピングオリー》の時期だよな」
「あ、もう出てますよ、市場で買いました」
「もう出てる? ちょっと早い?」
「ええ。でもおいしかったですよ」
「そうなんだ。じゃあ買いに行こうかな」
「何の時期って?」
「苹果梨《ピングオリー》。りんごなしって名前の通り、見た目は林檎みたいに赤くて、味は梨に近いんだ」
「吉林省特産の果物なので、ほかの地域にはないみたいですよ」
「じゃあ、大連にもあんまりないってこと?」
「そうですね、多くはないです」
「でもおいしいよな。これから時期だから、高橋さんも試してみるといいですよ」
他人行儀に孝弘が勧めるが、きっと買ってきてくれるだろう。
一緒に行くのもいいな。真冬の市場は大変そうだけど面白そうだ。
今度行ってみようと祐樹はうなずいた。
「ホントに溶けたね」
「まあ初雪はほとんど積もらないな」
昼間の2時間ほどちらちら舞っただけの雪は跡形もなく、帰り道はいつも通りだった。
「でもあんまり積もらないんだっけ?」
「ああ。北京もそうだけど、ひたすら気温が下がるだけで、日本の東北地方や北海道みたいにならないよ」
「そう言えば、東北《トンベイ》でもスキー場って聞かないね、ないの?」
「んー? あったかなあ…、スキー場なんて」
孝弘が首を傾げる。どうやら本当に雪が少ないらしい。
「そう言えばどっかにあるって聞いた気もするけど、ものすごく固い雪な気がする」
確かにパウダースノーは期待できない。
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