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「こけたら怪我しそうだよね」 「そうだな。祐樹ってスキーするの?」 「したことない。寒いの苦手だし」  ただでさえ寒いのに、好き好んで雪のある場所に行こうという気はまるでない。行ったとしても、ストーブに当たりながらガラス越しに雪を眺めている程度だろう。  もともとそんなに活動的なタイプじゃないし、こうして孝弘の腕の中にいると気持ちがよくて、一日中外に出なくても祐樹は平気だ。  冬じゅう、二人で冬眠して木のうろで眠っていたっていいくらいだ。孝弘の手のひらが背中を撫でるのがじんわりと暖かくておでこを擦りつけた。 「明日、やめとく?」 「ううん、行くよ。あんまり時間もないし、早めに済ませたい」 「だな。あんまり寒くなると外出が嫌になるしな」 「うん。ちょうど1日空いてるし」 「じゃあ、しっかり防寒してな」 「平気だよ、マオクー買ったから」  マオクーとは厚手のタイツのようなウールの暖かい下着だ。寒くなると男女の区別なくスラックスの下にみんなそれを穿いている。  下着といってもかなり厚手なので、普段から部屋着代わりに穿いていて外出時には上からさっとズボンを穿く人も多い。先日、孝弘が必要だと言うので一緒に買ってきたのだ。 「お、すっかり東北人《トンベイレン》じゃん」 「うん…」  ベッドでぬくぬく抱きしめられて、まぶたがとろんと落ちてきた。さっきまで濃厚に抱き合っていたからほどよく疲れてぐっすり眠れそうだった。  孝弘とセックスするのは気持ちがいい。何度もするうちにお互いのいいところや好きなやり方がわかって来て、肌がなじむってこういうことかなと思う。密着した体が安心している。 「お休み、また明日」  孝弘が耳元にキスをして、祐樹は眠りに引きこまれた。 「やっぱりけっこう埃っぽいね」 「ここらへん建設ラッシュだからな」  大連市内のビル建設現場近くで、孝弘と祐樹は建築途中のビルを見上げた。 「こういう風景って中国っぽいと思う?」 「うーん…、多分?」  中国生活8年目に入る孝弘にとってはすでに日常の風景になりすぎていて、何が中国らしいのかもよくわからなくなっている。  こういう習慣って日本にはないんだっけ? それとも俺が知らないだけ?と考えないと思い出せない時もある。目の前の光景は日本では見られないだろうとわかるけれど。  工事現場の足場は竹や木材でできている。こんな雑な足場でいいのかと心配になるレベルだがこれが普通だ。わりと大きな商業ビルでもこの足場で建ててしまうのだからある意味すごい技術だ。 「ま、いいや。一枚撮っとこ」  祐樹が建設現場にカメラを向けてシャッターを切った。  昨日の夜、大連の紹介文を書かなきゃいけないから、それにつける写真を撮りに街に行こうと祐樹に誘われて市内に出てきた。  ひとまず大連駅前に来て、駅舎と駅前広場の写真を撮ったところで祐樹が困った顔になった。  何を撮ろうか迷って周囲を見回す様子が迷子の子供のようだった。頼りなさそうな表情がかわいいと思う。

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