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大連賓館前の横断歩道を渡って広場の中に移動する。
振り返って大連賓館を眺めた。周囲をぐるりと見回すと、大きなコロニアル様式の立派な建物が目に入る。
「やっぱこうして見るといいね。あっちは昔の市役所だよね?」
「そう」
大連賓館の道路を挟んで隣の中国工商銀行は元大連市役所だ。
「中国銀行は元は何だったの?」
広場を挟んで向かいのバロック様式の堂々とした建物が中国銀行だ。
「横浜銀行だっけ? 違うかな。忘れたけどとにかく昔も銀行だったはず」
「今見ても、コロニアル様式ってかっこいいね」
「そうだな。今の四角いビルとは雰囲気が違うよな。夜はライトアップしてるらしいけど」
「夜かあ…。だいぶ冷えそう」
「だな。写真にはそんなにきれいに写らないだろうから、もっと季節のいい時に見に来ようか」
誘われて嬉しいと祐樹はにこっと笑う。
こういうところが本当にかわいいと思う。
広場の中央に向かいながら、周辺の建物を何枚か撮っている。
「満州時代の特徴ある建物って言ったら、旧東本願寺だと思うけど、まあわざわざ見に行くこともないか…?」
「あ、ガイドブックの写真で見たよ。あれもなかなか綺麗と言うか、目立つよね」
「外観が特徴あるからな。でもべつに歴史的なものじゃなくても、市場とかトロリーバスとか普通の街の風景でもいいと思うけど」
「だよね。路上の風景とかが今の大連って感じでいいのかな。1年後にはまったく違うかもしれないし」
自転車の糖胡蘆《タンフール》売りを見ながら祐樹が呟いた。
変化の激しい時代だから、こういう風景もいつまで見られるかわからない。北京でも胡道と呼ばれる小さな裏通りや路上の屋台や食べ物屋がかなり少なくなった。
大連だってそうなって行くだろう。
小学生くらいの子供が寄って行って糖胡蘆を一本選んでいる後姿を、周辺の風景と一緒にカメラに収めた。
「だな。そう思うと写真撮っとけば面白かったのかな」
カメラを持ち歩かない孝弘は滅多に写真を撮らない。だから7年間の中国生活で持っている写真は、ほとんどが友人が撮ってくれたものだ。
「かもね。とりあえずこのまま市内ぶらぶらして、何枚か撮ってみようかな。文章は後で考えるよ」
久しぶりに予定がない日曜日だったから、散歩がてら街に出るにはちょうどよかった。夜はかなり冷えるが、晴れた昼間は暖かい上着を着ればそこまで辛くない。
「わかった。ていうか、誰向けに書く文章なんだ?」
「あれ、言わなかった? 社内報に載せるコラムみたいなもの」
「社内報? そんなのあった?」
「うん、毎月本社から送って来てるよ」
「そうなんだ、見たことなかった」
「その中に各国駐在員レポートっていって、色んな国の色んな街を紹介するコーナーがあるんだ」
名物料理だったり世界遺産だったり無名だけど面白い風景などが毎月掲載されている。駐在員自身が撮った写真と文章は意外と面白く、各国の習慣の違いや食文化の違いで戸惑う駐在員の苦労話や笑い話が多い。
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