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祐樹もさらっと読んでいたが、自分に声がかかるとは思っていなかった。
広報からの依頼メールには「その街らしさが伝わる楽しい写真と文章をお願いします」とあって、大連らしい風景を祐樹は撮りに来たのだが、何が大連らしいのか正直言ってあまりピンと来ない。
基本的に職場と自宅と近くのスーパーや食堂と言った狭い範囲で祐樹の生活が成り立っているからだ。
「一般の人が想像する中国ってどんな感じだっけ?」
「やっぱ万里の長城とか天安門広場じゃないか? あとは雑技とか自転車とか?」
「だよね…。でも意外と自転車って走ってないよね」
大連では自転車はあまり見かけない。
「場所によるよな。あの自転車道は天安門前の中継で必ず映るから…。北京のイメージなんだろうな」
「広州ではものすごい数のバイクだったけど」
「ああ、あれ怖いよな。道路いっぱいになるし」
車よりもバイクの数が多いくらいで、ラッシュ時などは路上一杯に埋め尽くされる時もある。
「事故が多いんだよね。信号少ないしあっても守らないし」
大きな道路はロータリーになっていて信号がないこともよくある。譲り合うなんてことはしないから、歩行者は隙をついて渡るしかない。そんな状況なので交通事故がとても多い。
「スピードそんなに出てないから死亡事故は少ないけどな」
「確かに」
広場から何枚か写真を撮って、祐樹は思案気な顔になる。
「旧日本人街とか面白いかな…?」
「ああ、意外と観光客来てるよな」
当時の日本人街には年配の日本人が旧満州国ツアーと冠した旅行で訪れていることがけっこうある。満州生まれや満州育ちの日本人には懐かしい風景がまだ残っているらしい。
老朽化が進んでいるから、そのうち取り壊されて再開発されてしまうだろう。写真に残すなら今のうちと思うのか、日本人の写真家が撮りに来たりもするようだ。
「でも駐在員が見てもそんなに興味ないかな。そもそも大連って地名聞いて、分かる人多くないよね」
「上海や広州ほどメジャーじゃないからな。国内ではそれなりに有名だけど」
「名物料理とかあったっけ?」
「大連名物? 海鮮だろうけど…、あんま思いつかない」
国内向けなら海鮮料理がお勧めできるが、日本人向けにはどんな内容が適当なんだろう? まあ実際に旅行に来るわけじゃないから観光案内的情報は求めてないだろう。
「あえて言うなら、犬鍋とか?」
「うーん……。載せづらいな…」
「その社内報にはどんな記事が載ってんの?」
「名物料理とか有名観光地とか驚いた習慣とかかな。売上とか仕事の話はほとんどなくて、住んでる街を紹介する軽い読み物って感じ」
「ふーん。中秋節前とか春節前だったら、飾りつけとか撮れたのにな」
「そうだね。今ってそういうイベントない時期だよね」
どうせなら春節とかイベント前に依頼してくれればよかったのにと思うが、広報には広報の都合があるのか。
それとも先月はヨーロッパだったから次はアジアいっとく?的な適当な選択なのか。本社の広報スタッフが中国のカレンダーなんて見るわけないだろうし。
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