61 / 113

8-14

 ちなみに坂本は45歳、頭頂部が寂しい小太りの男性社員だ。家族帯同で赴任していて家庭ではいいお父さんキャラだ。 「面白いうと言うか、馬鹿げてるというか、あれを実際に作っちゃうのがすごいよね」  瀋陽に最近オープンした宇宙超級市場(スペーススーパーマーケット)という名前のスーパーは、シャトルに見立てた乗り物に乗ってスーパーを一周して買い物ができるというのが売りらしい。  連日、その乗り物に乗りたくて、店の前にすごい行列ができていますというメールだった。  でも実際は欲しい商品に手が届かなかったり、買おうか迷っている間に通り過ぎてしまったりで思うように買い物できない手強いスーパーなのだ。 「あれこそ社内報に載せたら面白かったのにな」 「ホントだ。瀋陽に依頼したらよかったのにね」  祐樹はくすくす笑いが治まらない様子で楽しげに売り場を回る。  祐樹に指摘されて気がついたが、こうしてスーパーで日常の細々したものを見るのが孝弘は結構好きだ。一緒に暮らしているみたいだなと思う。  祐樹はどう思うだろうか。  いつか一緒に暮らしたいって言ったら、困った顔で躱される? それともそうしようって笑う? そんなの無理って警戒する?  どれもありそうで、まだ言う気はないけれど孝弘はすこしの間、空想にふける。 「ここのベーカリーのパン、けっこうおいしいって水元さんが言ってたね」 「ああ、そうだな」  金曜日にランチを食べた店でばったり水元に会ったのだ。  彼は今日、孝弘が教えたモンブランを食べに行くと言っていた。今ごろ中山広場の店にいるだろうか。おいしかったらいいんだけど。次に会えたら感想を聞いてみよう。 「せっかくだから買って帰る?」 「そうだね。たまにはパンもいいね」  おいしいパンになかなか巡り会えないので、孝弘たちの食事はほぼ米だった。麺のこともあるが、パンはほとんど食べない。パサパサしていて水分が抜けているのだ。  それでもベーカリーには香ばしい匂いが漂っていた。おいしそうな匂いにつられていくつか見繕って買ったあと、隣接したフードーコートで休憩する。  それほど広くないフードコートには牛肉麺や水餃、チャーハンやアイスクリームなどの店が並んでいた。ペットボトルのドリンクを買って、見るともなく人々の行列を眺めた。  ふと見たらコーヒーが売っていたので、味見のために一杯買った。熱々だから飲めなくはないが、やはりおいしいものではない。一口でやめておく。 「そういえばね、広州に日系スーパーが進出して来たときのことなんだけど」  祐樹が行列を眺めながら言う。 「うん」 「上のフロアにフードコートができて、その中に回転寿司の店があったんだ」 「へえ、広州に回転寿司なんてあったんだ」 「うん。もしかしたら中国初だったのかも。で、同僚に誘われて食べに行ったんだけどね」 「不味かった?」 「いや、案外おいしかったよ。広州も海沿いだから魚介は新鮮だったし」 「そうなんだ」 「でも米がね、味はおいしいんだけど、しゃりの部分がもうぎゅーってかたーく握ってあって、おにぎりみたいっていうか。ものすごく食べごたえのある寿司だった」  思い出したらおかしくなったのか、祐樹はくすくす笑っている。

ともだちにシェアしよう!