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「料理人は中国人?」 「そう。カウンターの中で中国人が寿司握ってた。何とかロールみたいなのも多かったけど、普通の握りもけっこうあって」 「でもしゃりが固いんだ」 「うん。何皿か食べたらお腹いっぱいになったよ」 「コスパのいい寿司屋だなー」 「ホントだね。今もあんなの出してんのかな」 「どうだろ、寿司職人の技術指導が入ったかもな」 「日本であんなの出したら滅茶苦茶怒られそう」 「また行きたい?」 「え、どうかな。広州行くなら飲茶のほうがいいな」 「飲茶に負ける寿司か」 「だって絶対そのほうがおいしいよね」 「まあな。こっちでも寿司は意外とあるけど、値段高いわりにうまくないしな」  たいていはホテルの中だからいいお値段なのだ。  ホテルの日本料理店なら料理人は日本人か指導を受けた中国人なので不味くはないが、同じ金額で中華を食べればかなりいい食事ができると知っているから、孝弘はホテルの日本食に行く気になれない。  開発区内の日本料理屋は日本人駐在員向けにまあまあの味の日本料理を出すから、それなりに満足しているという理由もある。  もっとも接待の場では孝弘の気持ちなど関係ないので、どこに連れて行かれても「ありがとうございます」と礼を言うわけだが。 「あー、マズイ。うまい寿司が食べたくなった」 「うん、おれも」 「祐樹のせいだろ、どうしてくれんの」 「えー、おれのせいなの」  八つ当たりに近い言いがかりに祐樹は笑っている。 「広州ジャスコの回転寿司のせいじゃない?」 「そうか、ジャスコのせいか」  そう言いながら大連赴任前に祐樹が連れて行ってくれた寿司屋を思い出した。都内ではなく、浦安のほうにある寿司メインの海鮮料理店だった。回転はしないが気取らない感じの店で、何を食べてもおいしかった。 「浦安の店、思い出した。マグロがウマい店」 「あ、それは思い出させないで欲しかった」  祐樹がちょっと顔をしかめる。 「もう思い出したから無理」 「あー、あの店の白子ポン酢が好きなんだけど」 「いいね、白子も。あの店のマグロと大トロ、また食べたいな」 「うーん。次に日本に帰るのっていつだろう。春節?」 「かな? 特に決めてないけど」 「うん。あー、なんか本格的に寿司が食べたい気分になってきた」 「でも日本料理屋とかホテルの寿司屋の感じじゃないんだよな」  孝弘が唇を尖らせると、祐樹もうんうんとうなずく。 「そうなんだよね。なんだろ、漁師メシっていうか、がっつり海鮮丼とかあればいいのにね。マグロの中おちとかでいいんだけど」 「そうそう、そう言う感じ。上品じゃないやつっていうか、ここらにないよな」 「あ、あそこがいい。横浜に泊まった時、連れてってくれた朝市」 「ああ。三崎港」 「あそこのマグロ、おいしかったなあ」  二人して軽くため息をつく。  スーパーのフードコートで何を話してるんだか。 「ま、ないものねだりしても仕方ないな」 「そうだね。帰国のお楽しみにしとこうよ」  そう言って立ち上がった。  短い冬の昼はもう終わろうとしている。  外に出ると夕暮れ前で、空が暮れていくのが美しかった。歩いている間に夕焼け空に変わっていき、青とオレンジのグラデーションの空に海の暗い青が映えている。

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