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 祐樹が空を眺めているのを後ろから見ていたが「カメラ貸して」ともらってカメラを構えた。祐樹の写真を撮っておこうと思いついたのだ。なんかかわいい顔してるし。 「はい、こっち向いて」 「おれを撮るの?」  祐樹は苦笑したけれど、おとなしく撮らせてくれた。  後でこっそりアルバムに入れておこう。考えてみたら祐樹の写真はほとんど持っていない。と言うより写真を撮る習慣がない。そもそもカメラを持ち歩かないし。  でもこれからはまめに撮ろうかなと思うくらいには柔らかな笑顔を浮かべている。  残りのフィルムは二枚だった。少し時間を置いて祐樹と夕焼けと海を撮ったらフィルムが終わって巻き取りの音が聞こえた。 「あ、終わった?」 「36枚って結構たくさんだったな」  広報室の指示で、36枚撮りのフィルム1本分の写真を撮った。フィルムは現像せずに広報室に送って欲しいと言うことだったので巻き取った後に取り出して祐樹がカバンにしまった。 「でも案外撮れたな」  市内の風景や路上の人々、食べ物や街角の露店などを撮っていたらいつの間にか撮り終っていた。 「うん。結構面白かったね」  大連らしい風景を意識してこんなふうに街に出かけたことはなかったから、孝弘にも今日はとても新鮮だった。  祐樹にとっては街中の人に声を掛けて写真を撮らせてもらうなんてことが初めてだったから、意外にも会話が弾んでみんな親切だったと喜んでいる。 「家に招待してくれる人がいるとは思わなかった」  店の前の路上で麺打ちをしていた料理人は、二人が大連在住だと知ると自宅に遊びに来たら手作り水餃をごちそうすると誘ってくれて、携帯番号を渡してくれたのだ。他にも水書道していた若者や砂絵を描いていた老人も声を掛けてくれた。 「あれって社交辞令?」 「いや、多分本気じゃないかな。連絡すれば歓迎されると思うよ」  街中や長距離列車で知り合って携帯番号をもらうことはわりとよくあることだが、自分から街で中国人に声を掛けたりしない祐樹は初めての経験だったのだ。  孝弘やぞぞむの場合は、仕事柄、市場や露店で見かけた商品の製造元を探して歩くなんていうこともよくしたものだった。 「外国人の友人が欲しいんじゃないか? 今日のことも日本人に声掛けられて写真撮られたぞって自慢してると思うよ」 「なるほどね」  納得したらしいが、おそらく祐樹から連絡することはないだろう。そういう意味ではフットワークが軽いほうではないのだ。 「自宅はともかく、写真ができたら渡しに行きたいな。欲しがってたし」  写真を撮らせてくれたうちの数人は「写真ができたらくれないか」と祐樹に頼んでいた。カメラは高級品で持っていない人も多い。  子供がいれば写真館で撮ったり、自家用のカメラを買う人も増えてきたが、今日祐樹が撮影させてもらった庶民が写真を撮る機会はほとんどないだろう。まして日常の風景や仕事をしている姿を写真に撮ることはまずない。 「いいんじゃないか。きっと喜ぶよ。祐樹が撮ったものだし、あとでフィルム返してくれるんだろ?」 「多分ね。じゃあ、現像したら渡しに行こう。しばらく先になるだろうけど」  祐樹はすこし弾んだ声でそう言った。

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