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#2―過去―
「ぷっ、あはははははっ!」
「!?」
「あーおかしい。ああ、そうさ。母さんの言うとおりだよ。俺あの人と寝たんだ。そう、母さんが知らない所で二人してね……。それをずっと、知らなかったのは母さんの方さ。あの人、よく言ってたよ。『若い方が良いって』。俺のこと抱きながらいつも口癖みたいに言ってた」
「弓弦、あんた……!」
「母さんが悪いんだよ、あの人の事を構ってあげないから。だから、あの人は俺を選んだ。母さんじゃなく俺を。もう言わなくても分るだろ?」
「ッ…――!?」
俺の言葉に絶望した母親は目の前で持っている包丁を床に落として、足元から崩れ落ちた。その表情は酷くうちの目された顔色をしていた。
目の前で絶望している母を見て、俺は何も感じなかった。『後ろめたさ』も『罪悪感』も何もかも全てが凌駕した。悲しみに打ちのめされた母の前で俺は平然とするとただ彼女を見下ろしていた。
「言われなくてもこんな家いつか出ようと思ってたから安心してよ。それで母さんはあの人と仲良くやって行けば良い。それで終わり」
そう言って母から遠ざかると、そのままリビングを出ようとした。その時は何かが吹っ切れた気持ちでいっぱいだった。ただ今はこの場から去って消えたい気持ちになっていた。
「待ちなさいよ、弓弦……!」
「ああ、そうそう。あの人、母さんにあげるよ。俺には必要ないから――」
そう言って彼女に一言話した。するといきなり床に落ちた包丁を手に持って俺にそのまま向かってきた。その表情は怒りで狂った鬼のような形相だった。
その時はさすがに俺も覚悟した。母親から愛する旦那を奪った息子として、刺されてもおかしくは無い話しだった。
つまらない事で刺されて死んでも誰も同情なんかしてくれない。むしろ寝取られた母親に、世間の誰もが同情するだろう。何も本当の事は知らない癖に…――。
その瞬間、自分の中で何かが一瞬にして弾けるとこんな所で刺されて死んで溜まるかと言う強い思いに駆られた。その場で避けると母の手を抑えて握っている包丁を必死に取り上げようとした。
『やめろ母さん!!』
『アンタなんか、アンタなんかっ……!! よくもあたしから奪ったわね、アンタなんか殺してやるっ!!』
『いい加減にしろーっ!!』
一気に修羅場と化すと、母を両手で思いっきり突き飛ばした。
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