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第2話

「オリエ代表、契約内容の突き合わせが終わりました。今日のこれはダブルブッキングじゃありません」 「東雲社長、依頼主の弁護士と連絡が取れました。ミハイルの両親が完全な証拠隠滅を求めて、うちとカンパニーの両方に仕事を依頼したそうです」 「ジュリオ、各班に状況の通達。本部の戦術スタッフを呼び出せ、作戦の修正作業に入る。おい、東雲総合環境整備保障、チャンネル開け、作戦会議だ。そっちと回線繋げるぞ」  契約内容の確認中に考えていた作戦の修正案を手持ちの端末に打ち込んでいたオリエは、そのデータを自社と東雲の両社に送った。 「オリエ代表、東雲と共闘戦線を張るんですか?」 「不本意ながらそうだ。ついでに不可侵条約も結ぶぞ。……本部、応答願います。……先生、夜中にすみません、オリエです。うちと、東雲と、依頼主の弁護士の三者で話してもらって、契約の見直しと報酬関連の折衝をお願いします」  オリエは会話の前半部分を部下の返答に充て、後半部分を本部で待機中の弁護士に向けて話す。 「作戦基盤を再構築する。グリウム・サービスカンパニー、そちらが提供した作戦の修正案にこちらの情報を加味した。データを返送したので確認を」  東雲側も否やはないらしく、情報提供することで協力の姿勢を示した。  両社の現場スタッフと本部スタッフは無線で連絡を取り合い、オリエとトキジの手で修正された作戦を共有し、合同で仕事にとりかかる準備を進める。 「あの、ジュリオさん、すみません、……仲が悪いのに協力するんですか?」  新人のリカルドが、「そういうのって作戦の失敗に繋がりませんか?」と不安げに先輩に尋ねる。 「それが大丈夫なんだよなぁ、うん。そこがオリエ代表と東雲社長のイイとこなんだよ」  古株のジュリオは勝手知ったる様子で深く頷く。  オリエとトキジは、互いのことを社名で呼び合い、一度も名前で呼んだことがなく、顔を合わせればケンカ腰だが、互いの仕事の邪魔はしないし、足も引っ張らない。  それは、二人ともが「第一優先は被害者の利益」という信念を持っているからだ。  その信念ゆえに、被害者の利益の守り方で言い合うことこそあれども、己の見栄を優先した愚かな争いはしない。協力したほうが有利であると判断したら、すかさず協力する。 「なんだかんだで馬が合ってんだよ、あの二人は……。それは周りも認めてる。事実、協力作戦で失敗したことは一度もない」  ジュリオの言葉通り、その直後、実行に移された二社合同の作戦は円滑に進んだ。         *  オリエとトキジは肩で押し合い圧し合いしながら競うように清掃作業に従事した。  売春組織は小規模で、友人関係にある年若い七名で運営されている。事前調査で、バックに大物がついているとか、元締めが別に存在するとか、背後に大きな組織が隠れているとか、そういう事実関係は上がっていない。  関係者七名を可能なかぎり生きて捕縛し、捕縛後は全員を依頼主の指定した場所へ移送、引き渡すまでが契約となっている。  そのあとは依頼主次第だ。今回のように依頼主が裕福なら、知人の警察幹部や政治家を通して架空の犯罪をでっちあげ、その事件で逮捕したことにして公的に処分するかもしれないし、その筋の人たちに処分を頼んで揉み消すだろう。だが、それはオリエや東雲の会社がどうこう言うことではないので関知しない。  基本的に、カンパニーや東雲の行う清掃作業はすべて依頼主の意向を遵守する。依頼主の気分が変わって処分を求めれば処分するし、保存を望めば保存する。  オリエの会社の売りは、すべてを自社で賄えることだ。専売特許である清掃業務だけではなく、救出業務も、移送作業も、護衛も、殺生も、オリエの会社に依頼すれば一度で済む。  この特殊性ゆえに、大勢の社員を抱えて会社として成立しているのは数社のみだ。東雲も同じ業務形態で、ライバル会社ではあるが、共喰いになるほどこの業界は不景気ではないし、オリエもオリエで様々な専門職を雇うことで区別化を図り、生き残っていた。 『オリエ代表、二階で六人目の捕獲対象を確保しました。残り一名は建屋内での発見には至らず。周辺の捜索範囲を広げます』 「了解。保護対象者は発見できたか?」 『いいえ。どこにも見当たりません』 「地階も収穫なしだ。……以下、全員に通達。捕獲対象者は所定の位置に一次保管後、移送作業に入る。清掃班は保護対象者の発見または保護まで待機。以上」  地階にいたオリエは無線越しに指示を出し、周囲を見回す。  十分もかからずに建物の制圧は完了した。捕獲対象者は満足な武装もなく、酒と薬物が入っていたこともあって容易に鎮圧できた。ただ、ここで売春を強いられている者は一人も発見できず、保護対象者のミハイルの姿もなかった。  今夜は清掃業務の最後に建物を爆破解体する。生命体の在不在を確認して回る必要がある。建物の内外ではスタッフがサーモグラフなどを使用して生体反応を探りつつ目視でも確認を怠らない。雇用している獣人や人外の索敵能力や特殊技能を使って生き物の有無を探り、それをクリアすれば解体作業に入ることができる。 『オリエ代表、報告します。捕縛した連中によると、先日まで扱っていた商品を売り払って資金に替え、新しい商品に入れ替えるところだったそうで、現状、ここに保護対象者は存在しないそうです』 「新しい商品か、嫌な言い方だな。……了解、保護対象者の痕跡をすべて保全しろ。俺は外を見て回る」  オリエは地階を出て建物の裏から外に回った。 「エンツォ、預けてたアレ、まだ使ってないだろ。二つともこっちで使うわ」 「はいよ、代表」  技術スタッフのエンツォがケーキボックスをオリエに差し出す。 「おう、ありがとな。戻ってくれ」  オリエはリボンも包装もない紙箱を二つ受け取った。  二十五センチ四方の白い箱で、高さは五センチほど。行きつけの近所のサンドイッチ屋のキッチンカーで売っているアップルパイだ。  鼻の利く獣人の何人かが、「お、アップルパイのにおい」と鼻先をひくんとさせた。  どう考えても売春組織の清掃作業には必要ない代物だが、オリエの会社のスタッフは「代表のいつものご宣託だ」と当たり前の様子だ。それどころか、「おかげさまで今回も仕事がうまくいく」と感謝さえしている。

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