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一応ふたりの時間(1)

「とりあえず、何となくでいいから…鳴らしてみてくんない?」 サエゾウの家のPCに、僕のシンセが繋がれた。 元々の音源を流しながら、 僕は言われるがまま、 それに合わせて二胡に近い音を鳴らした。 何となくって…難しいな… サエゾウは、目を閉じてそれを聴いていた。 こんな、もの凄い何となくで、 果たして伝わるんだろうかー 「今弾いたのって、どこの音?」 サエゾウは、画面に出ている鍵盤を指して言った。 「ソーシーレーです」 「だから、どこ?」 僕は、その画面の鍵盤の、ソとシとレを指刺した。 「ナルホド…って事は、その次はこの辺かな…」 感覚で、その先の音を探りながら… 彼は、試しに音を打ち込んでいった。 すごいなこの人… 鍵盤を、その音が出るスイッチくらいにしか認識してないんだなー それなのに、メロディー作れちゃうんだ… そんな感じの流れで… サエゾウのイメージする所の、二胡の音が欲しい部分の、ザックリな打込みが終わった。 割と時間かかったなー ま、大概にして、こういった作業ってのは… 気付いたら何時間も経ってたりするもんなんだよなー 「じゃあ次、時計ね…」 えええーっ まだやるんですか… 僕は心の中で叫んだ… お構いなしに、サエゾウは… どっかのサイトから、時計の音を探していた。 「どれがいい?」 「…」 『時計の音』ってだけでも、すごい数の種類だった… 僕はちょっと、果てしない気持ちになった。 「これ…全部聞くんですか…?」 「うん、順番に鳴らすねー」 そして、彼は…それらを次々と再生していった。 「…」 その作業だけでも、30分以上はかかっただろうか… 幸い、イメージ通りの、 大時計っぼい良い音が見つかった。 「よし、これはもうコレで決まりだなー」 サエゾウは、いったん煙草に火を付けた。 僕もついでに、一服した。 「…ちなみに…あと、何をやる予定ですか?」 僕は恐る恐る訊いた。 「この曲は、あと途中のAメロのピアノと、最後のグチャグチャのとこのコードでしょ…」 「…」 「あと神様…つっかえてもいいから、1回通して被せてみて欲しい。静かな所は、さっき弾いてたヤツがいいなー」 「…覚えてないかもしれません…」 「だったらいーよ、また考えてくれれば」 えええー 確かに結構めんどくさいな… シルクがシュッと帰ってしまった気持ちが、 僕は、とてもよく分かった… そして数時間後… さしあたり、予定していた作業が、無事終わった。 サエゾウは、PCに向かって…いつになくとても真剣な表情で、編集作業に没頭していた。 僕も一応は、横で聴いていたのだが… そのうちに、うっかり…ウトウトしてしまった。 「ごめんカオル…もう一個だけいい?」 僕は、ハッと目を覚ました。 そんな僕の様子を全く気にも留めず… 彼は、サクサクと、マイクをセッティングし始めた。 「ああーって言って」 「は?」 「宵待ちのソロに被せる声ー」 「…」 「何種類か欲しいな…エロいのと、嫌がってんのと、悲しんでんのと、喜んでんの…」 「…」 そんな難しいこと…できるかな… 「あー」 「…」 案の定… スイッチがまるで入らない僕に、演技は無理だった。   「しょうがない、デモだからなー」 何度かトライして、サエゾウは諦めた。 「本番のときは、ちゃんとやってよー」 「…はい…」 ちゃんとって、どんなのよー そしてまた、彼は…編集に没頭した。 どれくらいの時間が経っただろうか… 床に座っていた僕は、うっかり… 完全に転がって、寝てしまっていた。 サエゾウは、ヘッドホンをつけて、 まだPCに向かっていた。 「…」 スマホを開けて時間を見ると… もう12時を回っていた。 解散したのが夕方だから… もう6時間以上は経ってるんだな… サエさんって…スゴい。 「ふぅーこんなもんだろー」 と、サエゾウが、ヘッドホンを外した。 そして僕の方を振り返った。 「…聞いてみるー?」 「はい…」 彼は、僕にヘッドホンをかぶせて、 PCをカチカチっと操作した。 そして自分は立ち上がって…キッチンの方へ行った。 ヘッドホンから、曲が流れてきた。 スゴい! ホントに、ちゃんと作ったCDみたいだ! ナルホド…こう言う風にする!っていうのが、 ものすごくよく分かる。 僕の拙いピアノも、いい感じに誤魔化されていて、 雰囲気だけはちゃんと伝わるように仕上がっていた。 サエさん…スゴい!! とりあえずの3曲を聴き終えて… 僕はヘッドホンを外すと、サエゾウの方を見た。 彼は、ハイボール缶をグビグビ飲んでいた。 「サエさん…スッゴく良いです!」 「だろー」 そう言ってサエゾウは、再びPCを操作した。 「あと、シルクのやつはひとりで出来るから、今日の所は、ここまでだなー」 「お疲れさまでした…」 僕は、心の底から、その言葉を言った。 「腹減ったー」 「…そうですね…」 「カオルー何か作ってー」 「えっ…」 いや確かに、すごく頑張ったサエさんのために、 何か食べさせてあげたい気持ちはあるが… 僕はとりあえず…キッチンを漁ってみた。 見事に…何にも無かった… この人、普段どんな食生活してんだろう… 僕はボヤくように言った。 「何にも無いじゃないですか…コレじゃあ何も出来ませんよー」 「シルクだったら作ってくれるのになー」 「…」 彼のその台詞は、 僕の闘争心に、火を付けた。

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