102 / 398

レコーディング(3)

身体も拭いて、ズボンもちゃんと履いて… 僕らはロビーに出た。 カイは真っ直ぐ冷蔵庫に向かって、 またハイボール缶を買い足しにいった。 「お疲れー」 ベースに顔を落としていたシルクが、 顔を上げて僕に言った。 「…何にもしてないんだけどね…」 僕はストンと椅子に座って… テーブルの上に残っていたハイボール缶を、飲んだ。 「…サエがね、カオル効果すげーって言ってた」 「…」 「俺んときも、頼むね…」 「…う、うん…」 カイがハイボール缶を手に、 僕らのテーブルに戻ってきた。 「お疲れー」 「おう…シルクも頑張って」 「カイのドラムと、カオルがいれば、大丈夫な気がしてきた」 「うん、俺もそう思う…」 「シルクーセッティングよろしくー」 サエゾウが言った。 「じゃあ、セッティング終わったら呼ぶね」 「…うん」 「しっかり休憩しといて」 「…はい…」 言い残して、シルクはベースを抱えて、 スタジオに入っていった。 僕は煙草に火を付けた。 カイも煙草を取り出した。 そして、ふぅーっとひと吸いしてから、言い出した。 「こないだは、ごめんね…」 「…」 「俺…いつになったら、お前に優しくできんのかな」 僕は、そんな彼に…笑いながら言った。 「優しいカイさんなんて、想像つかないです…」 「…ははっ…」 カイは失笑しながら、 手を伸ばして、僕の頭を撫でた。 それから、シルクの…セッティングやら調整やらで、 30分くらいはかかっただろうか… カイに激しくされた事もあって、 僕はテーブルに突っ伏して、寝てしまっていた。 「カオルーお待たせー」 サエゾウの声で、僕はハッと起きた。 向かいの席でスマホをいじっていたカイが、 僕に向かって言った。 「…シルクの事、よろしくね」 「…はい…」 …何をよろしくしたら良いものか… とりあえず、また僕は… 今度はシルクの待つスタジオに、入っていった。 シルクは、ヘッドホンをつけて、 ベースを構えて立っていた。 「…お前もヘッドホン要る?」 少し考えて、僕は答えた。 「…ううん…要らない」 こんな機会は滅多にないだろう。 僕はシルクの… ベースだけの世界に浸ってみたいと…思ったのだ。 「…どこ弾いてるか、分かるのか?」 「分かるよ、そんぐらい」 少し食い気味に答えた僕を、シルクは笑った。 そしてまた、小窓から…どうぞの合図が出た。 シルクは目を閉じて… ヘッドホンから流れる音に、耳を研ぎ澄ませた。 曲が始まった… ドラムと噛み合わない、ベースの音だけの世界… それは、予想以上にリズミカルに曲を歌っていた。 ベースって、ただの重低音なんかじゃないんだ… こんなにメロディーを唱えていたんだ… そして、その厚みのある低い歌声は… 布が水を吸うように… ジワジワと、僕の身体に浸み込んでくるのだった。 「…っ」 僕は、小さな声で歌いながら、 少しずつ身体を震わせた。 間奏の間に、僕はシルクの方を振り向いた。 目が合ったシルクは、ニヤッと笑いながら… また弾き続けた。 そして曲が終わった。 僕に聞こえていた限りでは、ノーミスだったし、 とてもいい音…いや、歌声だった。 小窓の向こうで、 サエゾウがヘッドホンに向かって喋っていた。 「オッケーだって」 シルクが通訳してくれた。 「うん、すごくよかったと思う…」 と、シルクが僕を手招いた。 「ちょっと来て…」 「…?」 シルクは、近寄っていった僕の腕を掴んだ。 「チューしてもいいって」 「…」 僕が返事をするより先に、 シルクは僕のくちびるを塞いだ。 「…んんっ」 シルクはゆっくり口を離しながら、 舌で僕のくちびるをペロッと舐めた。 「あーもうなんでそんなヤラしいチューすんのー」 またヘッドホンから、サエゾウの叫びが漏れた。 そしてほどなく、 またプンプンした感じのサエゾウから、 次の曲どうぞの合図が出た。 真夜中の庭だった。 時計の音も、ドラムも…微塵も聞こえない、 ベースだけのリフの筈なのに… 僕の目の前に…大時計が現れた。 ベースの淡々としたメロディーに突き動かされて、 僕は、真夜中の庭へ旅に出てしまった。 そして間奏の、激しいベースの歌声は… やはり力強く僕に挿入され、 身体中をグチャグチャに掻き回していくのだった… 「…っ…っ…」 僕はビクビクと震えながら… また、壁に手をついた。 その曲が終わって、 僕はもう…既に立っていられなくなってしまった。 崩れ落ちた僕は、 壁に寄りかかったまま、力無くシルクを見上げた。 「オッケーだって…カオルが大丈夫なら続けるって言ってるけど…」 「…シルクが大丈夫なら…」 「わかった…続けるね」 シルクは、小窓に向かって、 身振り手振りで、続ける旨を伝えた。 どうぞの合図を、僕はもう見上げる気力がなかった。 そして宵待ちが始まってしまった。 なんとも妖しげでメロディアスなベースの歌声は、 更に僕を侵食した。 自分が歌う事も忘れて…僕はそのまま、 ただただ、ベースの音に愛撫され挿れられていた。 「なんかあの子…さっきよりもイっちゃってる感じだけど、大丈夫?」 曲が終わって、 またエンジニアスタッフが、サエゾウに訊いた。 「ねー」 サエゾウは、別にどうでもいい感じで答えた。 「続けていいの?」 「いいよーたぶんメッチャ良いの録れる…」 サエゾウは、ワクワクした顔で呟いた。 「シルク、ああ見えて割とドSだからー」

ともだちにシェアしよう!