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レコーディング2日め(1)

そして翌日… 僕は、再び、リハーサルスタジオを訪れた。 「おはよー」 既にセッティングを終えたサエゾウが、 ロビーで僕を出迎えた。 「体調は大丈夫?」 「…はい」 僕は彼の隣の席に座り、煙草に火をつけた。 「ちょっと飲んどく?」 「…そう…ですね…」 サエゾウは立ち上がった。 そして受付にお金を払い、 冷蔵庫から、ハイボール缶を1本だけ取り出した。 「とりあえず、半分こしよー」 そう言って彼は、それをゴクゴクっと飲みながら… テーブルに戻ると、すぐにそれを僕に渡した。 「…いただきます」 受け取った僕も、ゴクゴクっと飲んだ。 「…もう準備はできてるんですか?」 「うん、カオルがオッケーなら、いつでもー」 「…僕は…大丈夫と、思います」 だって別に、差し当たりやること無いですから… 「んじゃ、始めちゃおうかー」 そう言ってサエゾウは立ち上がった。 「はい」 僕は、彼の後について、スタジオに入った。 小窓の向こうのエンジニアスタッフに、 ペコっとお辞儀をして、僕はまた定位置に立った。 「…どうしたら…いいですか?」 「そこに立っててくれればいいよ…歌ってもいいし」 「…」 ちゃんと立っていられるだろうか… ただでさえサエさんのギターは、いやらしいからなー 「とりあえず、白い方から録るから…」 「…はい…」 サエゾウは、小窓に向かって手を振った。 そしてまた、どうぞの合図の後に… Dead Endingのイントロのリフが鳴り始めた。 今度は…ギターだけの世界なんだな… いつものように、強力に愛撫してくる音を想像して、 僕は両足に力を入れて身構えた。 ところが、今日の音は、いつもとちょっと違った。 白いサエゾウのギターは、とても切なかった。 僕の…身体ではなくて、心にジワジワと浸みるのだ… 僕は小さい声で歌いながら、 今にも泣きそうに…なった。 後半、シンプルにコードを掻き鳴らす白いギターは、 そんな僕を、まさに僕を絶望の底へ、 突き落としていった。 結局、それは勃つ事なく終わった… いいのかな…これで… サエゾウを見ると、 それはそれは満足そうな表情を浮かべていた。 「お前が居てくれると、すげー上手く弾けるー」 「…」 …だったら、いいんだけど 「どんどんいっちゃうね、次の曲ー」 「黒い方は録らないんですか?」 「黒い方はね、後で録るー」 「…そう…なんですか」 「お前がダメダメになってからねー」 「…」 やっぱり、 ダメダメにさせる気満々なんですね… そして彼は、再び小窓の向こうに合図をすると、 次の曲を弾きだした。 時計の曲だ。 コレはもう…ギターだけでも成り立つくらいなので、 そのイントロは、またもあっという間に僕を、 大時計の景色へ誘っていった。 ああ…サエさんだ。 なんて心地良く、エロい音色なんだろう… 部屋中いっぱいに溢れるサエゾウのギターの音は、 そのひとつひとつが、指となり舌となって、 ジワジワと僕の身体に絡み付いてきた。 ギターソロが、無かった。 代わりに、LIVEでは弾くことのない、 バックのコードが鳴った。 その音色は…僕の前に、 今までに無かった庭の景色を映し出した。 こんな場所があったのか… 妄想の中で、僕は… 秘密の庭で、サエゾウに抱かれていた… 「…っ」 僕はビクビクっと震えた。 サエゾウはそれを見ると、 また満足そうにニヤッと笑い、更に調子を上げた。 「また1発で決まったー」 曲が終わって、彼は嬉しそうに言った。 「マジでカオル効果すげーんだな…」 そう言ってサエゾウは、 僕の腕を引っ張って、自分の方に引き寄せた。 「…宵待ち…いくね」 言いながら彼は、僕に口付けた。 「…んんっ…」 やや震える僕に… サエゾウの口付けが追い討ちをかけた。 「…元々はお前の曲だからね…」 「…」 僕は、少しポーッと顔を赤くしながら… 再び定位置で、必死に身構えた。 そして、宵待ちの曲が始まった。 ギターの音だけで奏でられるこの曲は、 あまりに、切なく悲しく… そして、妖艶で淫猥だった。 それらが全て、僕に纏わり付いて… 僕の身体を愛撫してくるのだった。 「…っ…ぁ…」 やっぱり僕は… 立っているのが辛くなってきてしまった。 ビクビクと震えながら… 音を立てないように、壁に手を付いた。 それでも、後ろから彼のギターに、 挿れられているような錯覚を覚えるのだった… 曲が終わって、サエゾウが言った。 「オッケー」 それを聞いて、僕は安心して…音を立てて崩れた。 そしてまた、シルクのときと同様に、 壁に寄りかかってしゃがみ込んだ。 「大丈夫…だよね」 そんな僕を見て、彼は一応確認した。 「…はい…」 僕は力無く頷いた。 サエゾウは、悪そうな目をキラつかせながら、 ニヤッと笑って言った。 「想定通り…いい感じにダメダメになってきたねー」

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