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レコーディング2日め(4)

無事、シルクの処理を終えたサエゾウは、 小部屋の方に入っていった。 そして、静かに椅子に座り、 モニターのヘッドホンをつけた。 ちょうど時計の歌の、 後半の部分に差し掛かっていた。 「…っ」 その力強い歌声に…サエゾウは、驚いて顔を上げ、 窓の向こうを見た。 薄暗い照明の下…アイマスクをしたまま、 妖しい笑みを浮かべながら、 僕は完全に、真夜中の庭で、歌い舞っていた。 「…」 …そして、曲が終わった。 エンジニアスタッフは、機械のスイッチを押し… 窓の向こうを見ながら、オッケーサインを出した。 そして、サエゾウの方を向いて言った。 「…あの子、すごいねー」 「…うん…」 「今のところ、絶好調だよ」 「…何かまた、覚醒しちゃった感じだなー」 「…えっ?」 「あ、いや…なんでもないー」 そう言ってサエゾウは、ヘッドホンを下ろした。 「よろしくね、次たぶん俺立ち合い係だからー」 「了解ー」 そして僕は、サエゾウを呼び入れた。 「先生、どうしたらいいですかー?」 彼は悪戯っ子のように、肩をすくめて笑って言った。 僕はそれを見て、ふふっと笑うと、 彼にアイマスクを渡して言った。 「僕に、つけてください…」 「…ん」 言われるがまま、サエゾウは、僕にそれを装着した。 それから僕は、 また左手を、彼に向かって伸ばして言った。 「手を繋いでください…」 サエゾウは、黙って僕の手を取った。 僕は、彼の手をギュッと握りしめて… 小窓の方に向かって手を振った。 そして、宵待ちの月の世界が始まった。 同じくその世界は、今まで以上に完成されていた。 僕は夢中になって歌い上げた。 途中、ギターソロの間… モニターの音が聞こえていないハズのサエゾウが、 まるでギターを弾いているかのように、 僕の腕に、繋いでいない方の手を絡めてきた。 その感触は、 その後の展開から最後のサビに向かっていく、 僕のテンションを、更に押し上げた。 そして…曲が終わった。 サエゾウの手は…少し震えていた。 そしてまた…フラフラなかんじて、 サエゾウは、スタジオから出ていった。 「カイ〜交代だって〜」 「…」 彼等の様相を見て…カイは、 予防注射の順番を待っている 子どもみたいな気持ちになっていた… ついに自分の番がきてしまった…みたいな。 「…いってきます…」  カイは、若干恐る恐る…スタジオに入っていった。 「大丈夫?」 ドサっと椅子に座り込んだサエゾウを見て、 シルクが声をかけた。 「…ダメかな〜」 サエゾウは、テーブルに突っ伏した。 さっきと全く同じ感じに、 シルクは、サエゾウの腕を掴んで立ち上がらせると、 支えながらトイレに連れていった。 「…!」 スタジオに入ったカイは、 マイクの前にシュッと立つ、僕の姿を見て… とても驚いた顔をした。 (なんなんだ…このカオルは…) いつもの、リハやLIVEだったら… 間違いなく、もっとダメになっているハズの僕が… まるで昂然として、凛としたオーラを放っていた。 (黒でも…白でもない…) 僕はカイの方を見て、悠然と… 冷淡無情な微笑みを浮かべた。 「…銀色の…カオルか…」 カイは思わず呟いた。 僕は、自分でアイマスクをつけてから、 カイに向かって冷静に言った。 「僕の後ろで…両手を握っていてもらえますか?」 僕は、両腕を…後ろに伸ばした。 「こんな感じ?」 言いながらカイは、その両手を掴んだ。 「…いきます…」 僕は、小窓の方を向いて、大きく頷いた。 そして僕は… カイに後ろ手を拘束される体勢で… 妖しい宴の世界へ行った。 僕を犯し続けた楽器たちが奏でるそのハーモニーは、 いつも以上にその風景を鮮明に見せた。 歓喜に震え、手を伸ばそうと思うも、 カイに押さえられて自由が効かない… その感覚が、また更に僕を押し上げた。 カイは、そんな僕の後ろ姿を見せつけられながら… やっぱり少し…震えていた。 曲が終わった。 「コーラスも、続けて録って大丈夫?」 ヘッドホンから、声が聞こえた。 「…お願いします」 僕は答えた。 そしてカイに向かって言った。 「抱きしめてて…もらえますか?」 「…っ」 それを聞いたカイは…若干息を上げながら言った。 「そんな事したら、俺がただでは済まないかもしれないけど…大丈夫?」 「…大丈夫です」 僕はキッパリ答えた。 「…」 カイは、たまらない風に… 後ろから力強く、僕を抱きしめた。 そして僕は、大きく頷いた。 歌も入って、 まさにより完成度の上がった世界の中で… 僕は、カイに抱かれながら、 絞り出されるような声で、コーラスを被せていった。 曲が終わった。 …終わった… 僕は、アイマスクを外して、小窓の方を見た。 エンジニアスタッフさんと、 いつの間にか復活して、戻ってきたサエゾウが… 両手で大きな丸を作っていた。 僕は、ドッと身体の力が抜けて… その場に崩れ落ちた。 カイが慌ててそれを支えて… ゆっくり僕の身体を床に横たえた。 「お疲れ…すげーよかった…」 そう言ってカイは、震える手で、僕の頬を撫でた。 と、そこへ扉が開いて、シルクが入ってきた。 彼は、ボイスメモを開いた状態の… サエゾウのスマホを掲げて言った。 「カオルの『あー』録音しといてって… エロいのと、嫌がってんのと、悲しんでんのと、喜んでんの…」 「…」 そんなミッションの本番もありましたっけねー

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