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働くシルク(2)

再び僕が目を覚ますと… シルクは、 自分のデスクの方に座って、PCに向かっていた。 僕は枕元のスマホを探り、時間を見た。 もうこんな時間か… いっぱい寝たなー 僕は、のそのそと布団から出て、洗面所に向かった。 シルクはそれを、チラッと横目で見ていた。 戻ってコソッと横から覗いてみると… PCの画面には、 請求書のテンプレートが開かれていた。 「…」 「いくら吹っかけてやろうかなー」 シルクが呟くように言った。 「治ったの?」 「うん…大したことなかった」 「スゴいね、シルクって…」 「別に…全然スゴくないよ」 工房テーブルの上は、 機械も道具もそのままになっていた。 「明日もっかいチェックして、送り返す」 「…そうなんだ」 「今日は、これやったら終わりだから、もうちょっと待ってて」 「…いや、全然大丈夫だから…ゆっくりやって」 そう言って僕は…また、布団に寝転んだ。 「まだ寝るんか…」 「…っ」 そんな風に突っ込みながらも、 シルクはまた、PCの画面に集中した。 僕はスマホのメモを開いた。 「…」 さっきの曲のイメージが、 まだ、ちゃんと頭に残っていた。 よしよし… 寝ても忘れないくらいの曲だったら大丈夫だな。 僕はまた、頭の中で… 何度もその曲を繰り返した。 「ふうー」 大きな溜息が聞こえた。 頭を上げてそっちを見ると… シルクが立ち上がって、大きく伸びをしていた。 「…終わり?」 「うん!」 彼は力強く答えた。 「よし、どーするか…」 「…」 「何か作ってもいいけど…ひと仕事も終わったことだし、外に飲み行くか…」 「…いいけど…」 僕は…ゆっくり立ち上がった。 「あ、そっか…」 僕の格好を見て、思い出したように シルクは、ベランダに行って… 僕の下着とズボンを取ってきた。 「何とか乾いちゃったな…」 「よかったー」 僕はようやく、ちゃんとした格好になった… シルクもテキパキと支度をして、 とりあえず僕らは、外に出た。 もう、辺りは暗くなり始めていた。 ちょうど、居酒屋さんも開店する時間だ。 「どっか行きたい店ある?」 「そーだな…新しくできた串焼き屋さんとか…」 ご時世もあってか、僕らの住む駅の周辺にも、 安くて魅力的な、チェーン大衆居酒屋が、 割と次々にオープンしていたのだ。 「じゃ、そこ行ってみよう…」 そして僕らは… 開店直後の狭い串焼き屋に入り、 カウンターに並んで座った。 そして結局、ハイボールで乾杯した。 「今日は…お疲れ様でした…シルクがあんな風に仕事する人なんだなって…ビックリした」 「まー半分、趣味みたいなもんだけどね」 「なんか…自分もちゃんとしなきゃ…って思った…」 「ちゃんとしてないの?」 「…うん…だって、フリーターだもん」 シルクは、間髪を入れずに…しれっと言った。 「ミュージシャンでいいじゃん」 僕は、ハッと思った。 「…そっか…その発想無かった…」 「サエゾウなんて、堂々と名刺にそう書いてるよ」 「そーなんだー!」 「超バイトしてるくせに」 「あはははっ…」 「やきとん…美味しいね」 「これは家じゃ難しいからな…」 「やっぱ、たまに外で飲むの…楽しいなー」 「そうだな…」 そんな感じで僕らは… 他愛ない会話を楽しみながら…飲み進めていた。 「そろそろ行くか…」 「そうだね」 「今日は帰る?」 そう訊かれて… 僕は少し考えてから、答えた。 「…帰ります…曲、作っちゃいたいから…」 「そーなんだ、ブツブツ曲作ってたんだ…」 シルクは、少し残念そうに言った。 「…ミュージシャン…ですから」 「あはははっ…そっか…」 もちろん、冗談半分で言った台詞だったが… あんな風に仕事する、カッコいいシルクの姿を見て… ミュージシャンの僕として… 今、出来ることをやりたい! …って、触発されたのは間違いなかった。 「…楽しみにしてる…」 シルクはそう言って、僕の頭を撫でた。 それからしばらくして、僕らは店を出た。 僕の家のビルの下まで来て…シルクは言った。 「…やっぱ…逆にちょっと寄っていい?」 「…いいけど」 「じゃあ、飲み物買って…行くわ」 「わかった」 そう言って彼は、いったん酒を買いに別れて行った。 僕は、とりあえずひとりで部屋に帰った。 帰ってすぐに…曲を打ち込む準備を始めた。 頭の中のイメージを、 一刻も早く、実際の音源に落としてしまいたかった。 そして…僕はその曲を、 機械に打ち込む作業を始めた。 ピンポーン… バタン… ほどなくシルクが、部屋に入ってきたが… 僕は全く気付かなかった。 そんな事は、全くお構いなしに… 僕は、目の前の作業に没頭してしまっていた。

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