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苦い再会(1)

その日、たまたま僕は池袋に買い物に出ていた。 もうすぐシルクの誕生日なこともあり、 プレゼントを探したいなと、思っていたのだ。 何がいいかなー やっぱり料理に使える物がいいかな… いやでも… そういうのは自分で選んだ方がいいのかな 僕は決め兼ねながら… あちこちの店を渡り歩いていた。 結局決められないまま…夕方になってしまった。 いっぱい歩いて疲れた。 とりあえず、今日のところは諦めて帰ろうかな… そんな事を考えながら、 トボトボと駅に向かっている途中… 「カオル?」 誰かが、僕の名を呼んだ。 僕は驚いて振り向いた。 「…!!」 「…カオルだよね、久しぶり…」 僕は思わず…固まってしまった。 そこに立っていたのは… シキだった。 「…」 僕はペコっと頭を下げて… すぐにその場を離れようとした。 「待ってよ…」 彼はそう言って…すぐに僕の腕を掴んだ。 「…逃げなくたっていいじゃん…ごめん…もう、あんな事はしないよ」 「…」 「会いたかった…謝りたかったし、話したい事もあるし…」 「…」 返事に詰まっている僕に、シキは続けた。 「時間ある?ちょっとだけ飲み行かない?」 「…」 そのとき僕は… シルクが、僕に言ってくれた言葉を思い出した。 (シキを掌の上で転がしてやるくらい、強くなれ…) 「…」 そうだよな… 大丈夫…何も怖くない。 僕は、あのときの僕とは違う。 いったん目を閉じて、小さく深呼吸をしてから… 僕は穏やかに微笑んで答えた。 「わかりました…行きましょう」 そして僕らは、すぐ近くの居酒屋に入った。 「ハイボールでいいの?」 「はい」 シキはすぐに店員を呼んで、 ハイボールを2つ頼んだ。 そして、メニューを差し出しながら言った。 「何でも好きなの頼んで…俺が払うから」 「…」 いっぱい歩いたので、ちょうどお腹も空いていた。 じゃあ遠慮なく…ってことで、 僕は色々と注文させて頂いた。 「はい、乾杯…会いたかったよ…」 「お疲れ様です…」 僕らは小さく乾杯した。 「…ホントにごめんね…酷い事して…」 「いえ…もう大丈夫ですから…」 「また俺と会ったって言ったら、あいつらに怒られるかな…?」 「大丈夫ですよ…また行ってもいいよって、言われてるくらいですから…」 僕は笑いながら言った。 「…マジか…お前らって、何かすげーよな…」 「…はい、ホントに最高のメンバーだと思います」  「妬ましいな…」 シキは、ハイボールをゴクゴク飲みながら言った。 「…ぶっちゃけ、今でも諦められない」 「…」 「こうやって、またお前の顔見たら…やっぱり欲しくなるわ」 「…あげれませんけどね」 「はははっ…そうだよなー…それもよく分かったわ」   「はい、お待たせしましたー」 料理が運ばれてきた。 「ハイボール追加で…あ、お前も頼む?」 「はい」 「ハイボール2つで…」 「かしこまりましたー」 「どーぞ、遠慮なく食べて…」 「…いただきます…」 僕はモリモリ食べ始めた。 そんな僕を見ながら、シキは続けた。 「トキドル…評判いいよね…俺推しの子は全部持ってったと思ったのに…」 「…」 「PVも観たよ…すげーカッコよかった…何かさ、見た目もだけど、演奏もすげー良かった」 「…ありがとうございます…僕も、シキさんのPV観ましたよ…」 「ホント?ありがとう…」 「あのバンドの曲って、誰が作ってるんですか?」 「あれはねー専門の先生がいるのよ…」 「そうなんですねー」 「曲もアレンジも振付も…みんな出来上がってるのを、俺らが覚えるんだ…」 「…それって、逆に大変そうですよね…他所の人が作った歌を自分のものにするって、難しいですもんね」 「そーーなんだよー」 シキは、よくぞ分かってくれたっていう感じで、 身を乗り出して言った。 「しかも、それぞれパートが分かれてるから、それぞれ解釈が違ってたりするし…」 「自分で全部歌う方が、全然ラクですよねー」 それから、シキの愚痴大会が始まった。 あんな事をされた相手ではあるが… 同じボーカリストとしての、シキさんの考え方には、 共感できるところがいっぱいあった。 僕はモグモグしながら、ずっと相槌を打っていた。 「はぁー嬉しいな…カオルは俺の気持ち、すげー分かってくれるよな…」 シキが、しみじみ言った。 「来月から、ツアーに出るんだ」 「へえーそうなんですか、スゴいですね!」 「まあ、せいぜいライブハウスだけどな」 「それでも、他所の場所でお客さん呼べるって、スゴいと思います…」 「何かさ…でも、これでいいのかなって、思っちゃって…」 「…」 「他所の人が作ったものを、言われた通りにやってるだけっていうのがさー…何か、俺じゃないような気がして…」 「そんな事ないですよ」 僕は、強い口調で言った。 「そんな難しい事を、あんなに上手に…しかもちゃんとシキさんのキャラで出来るって、物凄い事だと思います!」 「…」 「僕は…所詮、僕にしか…なれませんから…」 「…」 シキの目が…何だかウルウルしてきてしまった。 「…ありがとう…やっぱり…俺、お前欲しい…ずっと俺の側で、そうやって俺のこと励まして欲しい…」 「…」 自信満々で、俺様なイメージだったけど… 実は割と悩んでんだな… あんな酷いことをされた相手なのに… 僕は何だか、この人が可哀想に思えてきてしまった。

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