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新曲と撮影のリハ(1)

次の土曜日…僕らはカイの店に集まった。 セッティングをしている間… ずっと螺旋とMasqueradeのデモ音源が、繰り返し流されていた。 「……」 螺旋の…あの、とりあえず録った仮歌が… スピーカーから大音量で流れるっていうのは、 本人にとっては、何とも言えない気持ちだったが… 早々にマイクのセッティングを終えた僕は、 そんな気持ちもあって、既にハイボールをおかわりしていた。 セッティングを終え、音源に合わせて何度も小さい音でギターを弾いていたサエゾウが、 ようやくカウンターに戻ってきた。 「何、カオルおかわりしてんのー?」 「…ダメですか?」 「飲み過ぎーちゃんと歌えんのー?」 カイは、サエゾウにもハイボールのおかわりを出した。 「サエさんに言われたくないです!」 「俺は平気だもーん」 「サエが一服したら、やってみるか…」 「…はい」 シルクは、まだ向こうでベースを弾いていた。 もちろん手元に、しっかり飲みかけのハイボールのグラスが置いてあったが… そして僕らは定位置についた。 「じゃあ、螺旋…いってみよう…」 カイが、そう言って、カウントを出した。 心地良く跳ねる感じの、ドラムとベースラインの上に…サエゾウのギターが、メロディアスにイントロのリハを奏でた。 「…」 初めて合わせたとは思えない… その息の合ったサウンドに、 僕はすぐに…ゾクゾクと震え上がった。 そして歌い始めた僕の目の前には… 既に螺旋の映像が広がっていた。 2コーラスが過ぎ、 ギターソロの前のブリッジ的な箇所に差し掛かった。 それまでメロディアスに徹していたギターが、 そこで急に、重苦しく歪んだ。 それはまるで、結ばれない2人の… 届かない心の叫びのように聞こえた。 そこからの、またもメロディアスなギターソロ… 何ともドラマチックな展開だった。 最後のサビを歌う頃には、僕は…彼らの切ない気持ちに、押し潰されそうになっていた。 曲の最後は、悲しげにギターだけが残った。 「…」 「…うん、良い感じじゃない?」 「ギターいいね…」 「でしょー」 「カオルは、どう?」 「…」 僕は既に…立っているのがやっとだった。 「あーもう出来上がっちゃってるー」 「ハナから酔っ払いだったしな…」 「…おい、大丈夫か?」 シルクが僕の肩を叩いた。 「…はい…」 僕は、身体を震わせ…目を潤ませて… シルクを見上げた。 「…あーあー」 そんな僕の様相を見て、シルクは溜息をついた。 「そんなになってくれるのは有難いけどな…もうちょっと練習させてもらうよ?」 「…」 僕は黙って頷いた。 そしてまた、容赦なく…何度も曲が繰り返された。 回数を重ねる毎に、いつものように… 僕の出来上がり具合も進んでいった。 「休憩かな…」 何度目かの曲が終わり… 僕の様子を見兼ねたシルクが呟いた。 マイクスタンドに縋り付きながら… 僕は既に、ポロポロと涙を流していた。 「そーだねー」 サエゾウは、すぐにギターを下ろした。 「まーた、だいぶダメんなっちゃったなー」 言いながら彼は、僕の頭を撫でた。 カイも、ドラムから立ち上がった。 そして、僕の横を通り抜けながら言った。 「…ヤバい後姿だったよ…まあ我慢するけどな…」 「…」 僕はそのまま、 両手で顔を覆いながら、その場に泣き崩れ落ちた。 「やっぱご本人が慰めてあげればー?」 サエゾウは、シルクの方をチラッと見ると、 ちょっと面白く無さそうにそう言って…カウンターに向かった。 「…しょうがないな…」 シルクは、また溜息をつきながら、 ベースを下ろして…僕の隣にしゃがみ込んだ。 「…悲しくなっちゃった?」 「…」 「それとも…勃っちゃった?」 僕は、とても小さい声で答えた。 「…両…方…」 「…んー」 それを聞いたシルクは、 ふふっと笑って僕の身体を抱きしめた。 「俺の曲で、そんな風になってくれて…嬉しいよ」 言いながら彼は… 僕の両手を、顔から剥がした。 そして、自分の手で…僕の涙を拭った。 「…僕は…辿り着けてるのかな…」 「…さあな」 「…」 「それは、生まれ変わってみないと…分からんなー」 言いながらシルクは、そっと僕に口付けた。 「…お疲れー」 「こんにちは…」 ちょうどそこへ… ハルトとショウヤが、扉を開けて入って来た。 「あ、これ…差入れねー」 言いながらハルトは、ドサドサと… ハイボール缶をカウンターの上に置いた。 「新曲、どうですか?」 「何、またカイの曲も増えたんだって?」 「PVの選曲…早まったかなあー」 「いいじゃん、また新たにどんどん撮れば…俺ももっとやりたい!」 「そうですよねー」 「…あれ?」 「…」 捲し立てる2人は、 カイとサエゾウに、妙にしらっとした目で見られている事に、ようやく気付いた。 2人は、奥のステージ側の方に目をやった。 「あ、あー既に処理段階ですか…」 「しかもご本人同士…めっちゃ良い雰囲気じゃん…」 「見てるこっちが恥ずかしくなるな…」 「もう知らないー」 皆に見られている事もお構いなく… 僕らは見つめ合いながら… 何度も何度も、口付け合っていた。

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