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新曲と撮影のリハ(2)

「どーする?…先に神様撮っちゃう?」 生ビールとレモンサワーを出しながら、 カイがショウヤに言った。 「あ、どちらでも…」 「営業時間前に終わらせないといかんからな、そっちを先にしよう」 「じゃあ、準備するね…」 そう言ってハルトは、自分のコロコロを開けて… メイク道具一式を取り出した。 差入れのハイボール缶を飲みながら、 煙草を吸っていた僕の顔を…ハルトが覗き込んだ。 「あーあー泣いてボロボロじゃん、いったん顔洗っておいでよ」 言いながら彼は、僕にタオルを渡した。 「…分かりました…」 僕は洗面所に行って、鏡を見た。 あーホントに…目も赤いし、鼻も赤い… 僕は、火照りを冷やすように… 何度も顔に水をかけた。 洗面所から戻ると、 既に3人様は、生バンドの人たちの様相になっていた。 彼らの、その…なかなか珍しい、割とフォーマルに近い装いを見て、僕はついつい笑ってしまった。 「あー、笑ったなー」 サエゾウが、若干プンプンしながら言った。 「カオルも早く着替えといてね」 「あははは、はいはい…」 僕は、急いで着替えに取り掛かった。 ちょうど、シルクのメイクを仕上げている所だったハルトは、彼に呟くように言った。 「よかった、良い顔になってた」 「単純だよな…あいつ」 「あはは…素直でいいじゃん、それがカオルの良いところ」 「…そうだな」 「シルクも…良い顔になっちゃってるけどね」 「…っ」 シルクは、ちょっと小っ恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「スイッチは入れなくていーのー?」 サエゾウが、カメラを三脚にセットしているショウヤに向かって訊いた。 「あ、今日は大丈夫です…敢えて素な感じで、淡々と演奏するシーンが欲しいので…」 「何だ残念ー」 「じゃあ、チューもしちゃダメ?」 シルクのメイクを終えて、僕に近寄ってきたハルトも、残念そうにショウヤに言った。 「動揺させない程度なら大丈夫です」 「チューくらいじゃ、もう何ともないよね」 「…」 言いながらハルトは、いつものように… アイライナーを引くために、僕に目を瞑らせた。 「目、開けないでね…」 「…」 と、やっぱり…お約束の通りに… 僕はすぐに、くちびるを塞がれた… 「あーハルトだけズルいー」 向こうの方から、サエゾウの声が聞こえた。 スッと口を離れたハルトが言った。 「だってムリ…この顔、このシチュエーションで我慢出来るワケがない」 「ですよねー」 っていうショウヤの声が近付いてきたかと思うと… 今度は、おそらくショウヤのくちびると思われるものが、僕の口を塞いできた。 「…っ」 ドタドタと誰かが… 勢いよくこっちへ向かってくる足音がしたと思うと、 そのくちびるが、サッと離れて… また違うくちびるが重なってきた。 「…んん…」 それは、僕のくちびるをこじ開けて、 舌を入れようとしてきた。 「あんまりヤらしいチューは控えてください」 横からショウヤの声がした。 舌がシュッと引っ込んだ… 「…もう、目開けて大丈夫だよ」 ハルトに言われて、そっと目を開けてみると… 予想通り、そこにはサエゾウの顔が居た。 彼は、すごすごと…僕の口から離れた。 「…何か中途半端に、俺がスイッチ入っちゃった…」 「…」 僕はそう言うサエゾウを、ふふっと笑いながら見つめた。 「やっぱカオル可愛いー」 言いながら彼は、改めて、僕に口付けた。 …とても控えめに…触れる感じで。 そんなこんなで、無事準備を終えた僕たちは… いつものリハの定位置についた。 「じゃあ、よろしくお願いします。一応2〜3回撮らせてください」   そしてハルトが、音源をスタートさせた。 動画用の撮影の場合、 音源と微妙にテンポがズレる可能性があるので、 あくまで音源に合わせるのが大前提なのだ。 それに合わせて、演奏しているフリをする事に 既に3人様は慣れているようだった。 ギターやベースは、アンプを通さず、生音にしておけば済むが、ドラムは、叩けば音が鳴ってしまう。 それでもカイは、音源の邪魔にならない音量で、まるでカッコよく叩いているのだった。 僕のマイクも、音量を落としてもらっていた。 歌うというよりは、歌詞を表情で伝える感じで… しかもなるべく淡々を心掛けて、僕は臨んだ。 ショウヤは、三脚のカメラを回しながら… 自分も、もう1台のカメラを構えて… 僕らに近付いたり、離れたり…していた。 そんな要領で、2回…曲が流された。 「ありがとうございます…これで、何とかなると思います」 ショウヤから、クランクアップの一声がかかった。 「ふぅー」 「お疲れー」 演奏陣から、溜息が漏れた。 「ホントに弾かないって、難しいよな…」  「いやマジで…フツーに叩く方が、どんだけ楽か…」 「カッコつけるの疲れるー」 すっかり脱力した彼らは、 延びたうどんのように… ヘナヘナになりながらカウンターに戻っていった。 僕も同じく…スッカリ気を抜いて、 大あくびをしながらカウンターに戻って、座った。 ふと見ると… そこにセットされた三脚のカメラが、まだ回っていた。 「あれ…ショウヤさん…これ、消し忘れてます?」 ショウヤがニヤっと笑った。 「わざとです」

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