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無題(1)

その日のリハは、それでお開きになった。 残念ながら…打上げに飲みに行こうとは、誰も言い出さなかった。 カイを残して、僕らは店を出た。 「サエ、持ち帰ってやれよ」 シルクが言った。 「いいよ、やだよー」 「そう言わずに、玩具を調教しといてやってくれよ」 「シルクがすればいいじゃんー」 「…」 僕は黙っていた。 「俺はこないだ散々したからいい」 そう言ってシルクは、僕の腕を掴むと、 サエゾウの方に突き出した。 僕は、小さい声で言った。 「…連れてってください」 「…」 「だってよ」 「…」 そう言い捨てて、シルクはクルッと振り返ると、 スタスタと歩いて行ってしまった。 僕は、サエゾウに向かって頭を下げた。 「…お願い…します」 「…」 彼は溜息をついた。 「ふん…好きにすればー?」 そう言って、彼は歩き出した。 僕は、その後ろをついていった。 「腹減った…」 サエゾウは、途中の100円ショップの前で言った。 「何か作ってくんない?」 「…はい」 彼の口調が、少しだけ穏やかになった事に、ホッとしながら、僕らは店の中に入った。 「唐揚げ…作りますね」 それに、ピクっと彼が反応したのを… 僕は見逃さなかった。 あの家で揚げ物か… ちょっと果てしない気持ちになったが、 僕は構わず鶏肉を買った。 更にサエゾウの胃袋に訴えるために、 僕はその他にも色々と買い揃えていった。 唐揚げに、付け合わせのレタスとトマト… マカロニサラダと、キムチ乗せ豆腐… 炊込みご飯に、卵スープもつけよう。 カゴに色々放り込まれていくのを見て、 サエゾウの顔が、段々といつもの笑顔になっていった。 「ポテチも買いますね…」 「コレとコレにしてー」 彼は、ちゃんとしたポテトチップと、やっぱりコーンスナックをカゴに入れた。 それからハイボール缶と、念のため日本酒も買って… 僕らはサエゾウの家に向かった。 部屋に入って… 僕は、買ってきた物を、とりあえずキッチンにドカドカと置いた。 「出来たら呼んでー」 そう言ってサエゾウは、 PCのある方の部屋に入っていった。 ギターを置くと、彼はすぐにPCの電源を入れた。 そして、ギターをケースから取り出して、 何やらチャカチャカと弾き始めた。 「…」 ホントに亭主関白だよな、この人って… そう思いながらも… 僕は計画通りに、仕込みをし始めた。 それから1時間近くはかかってしまっただろうか… 炊込みごはんも炊き上がり、 小さいフライパンで、苦労した唐揚げも揚がった。 僕は出来上がったものを食器に盛って… テーブルにキレイに並べた。 ハイボール缶と、日本酒とグラスもセットした。 そして、PCの部屋を覗いた。 サエゾウは、ヘッドホンをつけて… とても真剣な表情でPCに向かっていた。 僕は少し躊躇ったが… 思い切って、彼の肩を叩いた。 飛び上がるようにビックリして、サエゾウは振り返った。 「あ、お前来てたんだっけ…」 そう呟いて、彼はヘッドホンを下ろした。 「…」 それさえ忘れるくらいに集中してたのか… サエさんって、ホントにスゴいなー 色々思い出したように、彼は言った。 「ごはん出来たー?」 「はい…」 「じゃ、食うー」 そう言ってサエゾウは、椅子から立ち上がった。 テーブルに並んだ料理を見て… パァッと彼の表情が変わった。 「すげー美味そうー」 彼はストンとテーブルの前に座った。 そしてハイボール缶を開けた。 僕も向かい側に座った。 「…お疲れー」 何事も無かったかのように、サエゾウは僕と乾杯した。 そして、料理にガッツいた。 「美味っ…唐揚げ、めっちゃ美味いー」 「…」 「うん、茶色いご飯も美味いー」 彼はバクバクと食べ進めた。 僕は、彼のグラスに日本酒を注いだ。 とりあえず…機嫌が良くなったみたいで、 ホントによかった。 ホッとしながらも… 僕は…あんまり食べられなかった。 そんな僕の様子を見て… サエゾウは箸を止めると、少し下向き加減に言った。 「悪かった…今日は酷くしてごめん…」 「…」 そしてまた、何事も無かったように、 再び食べ続けた。 胃袋への訴えが通じてよかったー 僕は、ふふっと笑った。 「唐揚げ食わないのー?」 「…大丈夫です…サエさん食べてください」 僕は、何だか胸がいっぱいで…食べられなくなってしまっていたのだ。 「お前が食わないとか、あり得ないー」 言いながらサエゾウは、自分の箸で最後の唐揚げを掴むと、僕の口元に近付けた。 「はい、あーん…」 「…」 僕は、黙ってそれをパクッと食べた。 「シルクの唐揚げと同じくらい美味かったー」 「…」 僕は、頷きながら…モグモグと食べた。 食べながら… また、涙が溢れてきてしまった。 「…だから、ごめんってー」 「…ん…」 僕は、ポロポロと泣いてしまった… サエゾウは、手を伸ばして… そんな僕の頭を撫でた。 ごめんなさい… ごめんなさい…サエさん… 僕の涙は、なかなか止まらなかった。

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