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無題(2)

サエゾウは、僕の作った料理を、ほとんどキレイに食べてくれた。 「ごちそうさまでした、あー美味かったー」 「お粗末さまでした…」 僕はとても嬉しかった。 彼がとても美味しそうに食べてくれた事も… そして、いつものサエゾウに戻ってくれた事も。 「よっしゃーお腹いっぱいんなったし、続きやろー」 サエゾウは、そう言って立ち上がった。 「まだ途中だけど…聞いてみるー?」 「えっ…もしかして、新曲ですか?」 「うん」 彼はPCの前に行くと、ヘッドホンのコードを外して、カチカチとマウスを操作した。 ほどなく、曲が流れてきた。 「…」 歪んだギターを、ピチカートの様に弾ませたリフから始まるミディアムテンポのその曲は…また、シュッと僕の中に入ってきた。 月影に照らされる…美しい彼のもとに。 何人もが跪き、光となって消えていく光景が… 僕の目の前に広がった。 「サエさんって…月が好きなんですね…」 途中までの曲が止まって… 僕は、当然のように、思わず呟いた。 それを聞いたサエゾウは、目を丸くして驚いた。 そして嬉しそうに言った。 「…そうみたいー」 言いながら… 彼は、ガバッと僕に抱きついてきた。 「お前さー何でそんなに、分かってくれんのー?」 「…何で…ですかね…」 「…」 何でも何も… 聞こえてくるもんはしょうがない… 僕は、小さい声で言った。 「サエさんの…曲だから、ですかねー」 「…」 サエゾウは、 ギューっと僕を抱きしめながら言った。 「離したくないー」 「…」 「お願い…ずっとトキドルここにいてー」 「…」 僕は顔を上げて、彼の目を見つめた。 そして答えた。 「います…」 「ホントにー?」 サエゾウはすぐに聞き返した。 「ホントです」 「絶対ー?」 「絶対です!」 「…」 「サエさん…」 僕はまた、目を潤ませながら…続けた。 「…サエさんこそ…何があっても、僕を離さないでください…」 「…っ」 それを聞いたサエゾウは… 再び僕の身体を、息が苦しいくらいに、ギュウーッと抱きしめた。 僕も彼の背中に両手を回した。 「…カオル…カオルー…」 サエゾウも泣いているように見えた。 僕の名を呼びながら… 彼はいつまでも、僕を抱きしめ続けた。 ようやく離れたサエゾウは、 ハイボール缶を片手に、再びPCの前に座った。 僕はその隙に、テーブルを片付けて、食器を洗った。 今日のところは… 背後から襲い掛かってくる気配は無さそうだな 少しだけ残念に思いながら… 食器を片付け終えた僕も、ハイボール缶を片手に、 たまに流れてくる曲の断片を聞いて、早速そのメロディーと歌詞を、スマホにメモしていった。 浄火に晒され燃え尽きた 空に昇る? それとも地の底へ? 魂は君の手の中に… そうそれでいい それが僕の願い サエゾウの…そんな切ない気持ちが… つらつらと歌詞になって聞こえた。 僕は、胸が張り裂けそうになった。 たまに曲に合わせて、 口ずさんでいる僕を振り返って彼は言った。 「何、もう歌乗せてくれてんのー?」 「あ、はい…聞こえて…くるんで…」 「…」 それを聞いたサエゾウは、 とても嬉しそうに、また作業を続けた。 彼がデモ音源を完成させるのと、 ほぼ同じくらいのタイミングで、歌詞とメロディーも出来上がってしまった。 「ふぅー」 「歌も出来た?」 「はい、だいたい出来ました…」 「歌って歌ってー」 そう言ってサエゾウは、最初から曲を流した。 僕は、それに合わせて…歌い出した。 銀色の月影に照らされ舞い上がる 静けさと裏腹に宴は煌めいて 涙色…透き通る瞳に惑わされ きっと僕も 君を飾る光の一粒になる… 曲が終わって、サエゾウを見ると… 彼はとても悲しそうな表情をしていた。 「…俺も…所詮、お前を飾る一粒なんだよなー」 「…」 「カオル…ありがとう…また名曲出来たー」 ふふっ…自分で名曲って、 言っちゃうところが、サエさんだよな 「お前がいてくれたら、いくらでも名曲できる気がするー」 言いながら彼は、僕に近寄ってきた。 「シルクも、カイも…同じなんだろうなー」 サエゾウは、僕の顔を両手で押さえた。 「俺らの想いを…お前はちゃんと正しく、歌で表現してくれる…」 「…」 サエゾウは…そのまま僕に口付けた。 彼の心地良く激しい舌の感触に… 僕の胸に寒気のようなものが走り、身体は逆に熱さを増していった。 そっと口を離れて、彼は言った。 「何て曲にしよっかー」 「…」 僕は、若干朦朧とした頭で…必死に考えた。 タイトルが…どうしても思い浮かばなかった。 何ていうか、空っぽな感じなのだ… 「無題…」 「…!」 「無題…でどうですか?」 サエゾウは、しばらく考えていたが… やがてニヤっと笑った。 「うん…いいね、そのヤル気ない悲しい感じが…」 そしてまた彼は… 僕をギューっと抱きしめて言った。 「やっぱお前、天才ー」

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