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アヤメと打合せ(3)

どれくらい時間が経っただろうか… 僕らは完全に、その作業に没頭していた。 提案された6曲の、歌詞とメロディーが、ほぼ出来上がってしまった。 そうするうちに、最初は難しいと思っていた彼の曲を、どうにか覚える事が出来ていた。 「忘れないように仮歌録っとくか…」 「…そうですね…聞いてみて修正する所とか、ありそうですし…」 アヤメは、サクサクとマイクをセッティングして、それを僕に手渡すと録音の準備を始めた。 そして、僕の頭にヘッドホンを被せた。 「だいたいでいいからね…」 言いながら、彼はすぐに、再生録音ボタンをクリックした。 僕は、流れる音源に合わせて… 今さっき作った歌を、歌っていった。 あくまでだいたいなので…とても納得いくような出来では無かったが… さしあたり雰囲気が掴める程度のモノを、何とか記録する事が出来た。 「ふぅー」 「お疲れ様…ありがとう」 「あとでお前ん所に送っとくね」 「はい、お願いします」 アヤメは、機材を片付けながら言った。 「まだ時間平気?…お腹空いただろ…何か食べに行くか?」 「あ…はい」 すっかり夜になっていた。 僕らは、脱ぎ散らかした服をちゃんと着て…出掛ける支度をした。 そして僕らはアヤメの家を出て…最寄駅に向かった。 駅近くの居酒屋に、僕らは入った。 「アヤメさんも、こんな所来るんですね…」 雑然とした、いかにも大衆酒場っぽい店内を見回しながら、僕は呟いた。 「もっとオシャレな店が良かった?」 「いえ、僕はこういう店、大好きです」 「何飲む?」 「ハイボールでお願いします」 「ハイボール2つで」 勝手知ったる感じで、彼は注文した。 「どーぞ何でも食べたい物頼んで。今日は俺払うから」 「えっ…いいんですか?」 「うん」 「じゃあ…」 壁に貼られた目一杯のメニューの数々を見て、僕はキラキラと目を輝かせた。 「お願いします」 僕は店員さんを読んだ。 「えーと…クラゲの刺身、ほうれん草お浸し…唐揚げ、豚串5本盛り…厚焼き玉子と、野菜炒め…お願いします」 「…」 僕は遠慮なく… いつもの調子でいっぱい注文してしまった。 アヤメは、若干呆れた表情で…僕を見た。 「そんなに食べれんの?」 「えっ…だって、アヤメさんも食べますよね?」 「まーそうだけど…」 やがて、ハイボールをおかわりして、運ばれてきた料理を、バクバク食べながら…アヤメは言った。 「今日はホントにありがとうね」 「いいえ…こちらこそー」 「あんなにポンポン進むと思わなかった」 「曲が固まって良かったですね…」 「やっぱ…お前スゴいんだな…」 「…そんな事ないですって」 「いや…なく無い…」 彼は、ジョッキのハイボールを飲み干して…続けた。 「CDにすればいいと思ってたけど…やっぱりLIVEもやりたくなっちゃったな」 「…ベースやドラムはどうするんですか?」 「うーん…ヘルプを入れてもいいけど…打込みでもいいな」 「…なるほど」 「やってくれる?」 「…いいです…けど」 「よし、じゃあそれでイベント組もう」 「…」 「すいませーん、ハイボールおかわりー」 アヤメはとても嬉しそうだった。 そっか… いつもKYでやってたようなイベントになるのか しかも、それのトリになるわけだな… それって結構なプレッシャーじゃん… 「…」 思わず僕の…箸を持つ手が止まってしまった。 「何ならPVも作りたいな…」 …いや、2人でPVとかって… 何かイメージ的に、イチャイチャした感じになっちゃうんでは無かろうか… そんなの作ったら、またサエさんが怒っちゃうかもしれないー 「流石にそれは、そちらの許可を得ないとだな」 「…そ、そうですね…」 「お前と一緒に曲をいじっていくの、スゴく楽しかった…たぶん、お前となら、良いギター弾ける」 「…」 「あいつらが羨ましい…」 アヤメは、本当に羨ましそうな…ちょっと悔しそうな表情になった。 「あいつらより先に、カオルと出逢いたかった」 「…」 そんな彼の言葉に… 僕は何も言い返す事が出来なかった。 「なんてね…」 神妙な表情になってしまった僕を見て、アヤメは慌てたように笑った。 「ごめん、どーぞ食べて」 「…」 僕は、何とも複雑な気持ちで… それでも再び箸を進め始めた。 「とりあえず、LIVEはやらせて。それ、俺からもカイに言っとくわ」 「…わかりました」 しっかりお腹いっぱい食べて… 僕らはその店を出た。 駅まで一緒に行って…別れ際にアヤメは言った。 「じゃあ次は、スタジオで合わせよう…それまでにベースとドラムのオケを作っておく」 「わかりました、僕も練習しておきます」 「よろしくお願いします」 彼は改めて、僕に右手を差し出した。 「こちらこそ…」 言いながら僕は、その手を握った。 「…光鬱…」 「は?」 「光りに憂鬱の鬱…」 「…」 「俺たちのユニット名…どう?」 「…こううつ…ですか…」 「鬱な俺に、お前が光を差し込んでくれたイメージなんだけど…」 「…はあ、良いと思います…」 KYといい… 何ていうか、面白いネーミングセンスだよな… アヤメさんって。

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