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充実純熟のLIVE(1)
そしてLIVEの日がきた。
その日の会場は、僕が入って最初のLIVEをやった、地元の駅の反対側にある店だった。
「おはようございます、よろしくお願いします…」
僕は、馴染みのスタッフさんに声をかけた。
「あーおはよう、こちらこそよろしくー」
彼は更に続けた。
「トキドルのボーカルさん評判良いよー今日も楽しみにしてるからねー」
「ありがとうございます…」
そんな風に言ってもらえるのはとても嬉しいけど…未だに自覚も無ければ、自信もあんまり無かった。
「おはよう」
「おはよー」
先に来ていた、カイとサエゾウの側にいって、僕は荷物を下ろした。
セッティング中のバンドを見ながら、サエゾウが、僕の耳元で言った。
「このバンドもね、ボーカルがすごーく歌上手いんだよー」
「…」
いや…「も」って何ですか
いや…そう言ってくれるのは嬉しいけど…
「おはようございます…」
シルクも来た。
「ふうん…」
彼も興味深そうに、セッティング中のバンドを見た。
隣に座ったシルクに、僕は訊いた。
「シルクも、このバンド知ってるの?」
「うん…確か歌がめっちゃ上手い」
「…そうなんだ…」
順調にサウンドチェックが進み、やがて、噂のボーカルと思われる人物が、ステージに上がった。
細身の…綺麗なお姉さんっていう感じだった。
いや、男性だったけど…
彼らが演奏を始めた。
そして、お姉さんが歌い始めた。
「…」
うわあーホントに上手いわ…
歌の上手い下手って、そこそこのレベルだったら、さほどの違いは、僕やシキさんみたいな同業者にしか分からないと思う。まあ、他の楽器もそうだと思うが…
でも、この人の上手さは、超越していた。
よく知らない人でも、パッと聞いて、間違いなく上手いって思える。
歌を、ちゃんと歌の技術をもってして伝える…力がすごい!
その歌声に…僕は、感動すら覚えた。
いつまでも、聞いていたいと思ってしまった…
と、彼はバンドに向かって、手を振って曲を止めた。
「今ん所、違うでしょ?」
彼はドラムを振り返って、強い口調で言った。
「すいません…」
ドラムの人が、恐縮した風に答えた。
更に彼はPAさんに向かっても、割と横暴な口調で、色々と注文をつけた。
「何か、全体的に籠ってて、歌が全然聞こえない…あと、ドラムはいらないから返さないで」
「あー…わかり…ました」
そしてまた、ちょっと演奏しては止め…注文をつけるってのを、何度も繰り返していた。
何か、いかにもリハーサルって感じ!
「本番よろしくお願いしますねー」
ようやく、そのバンドのリハが終わった。
ああ…この後に僕が歌うって…
えっ…もしかして、
本番もこのバンドの次なのかなー
「…」
「何固まってんのー?」
サエゾウが僕の肩を叩いた。
「…だって…こんな上手な人の後って…ちょっと緊張するじゃないですか」
「は、カオルのくせに何言ってんのー」
サエゾウは、何でもないようにそう笑って、ギターを持ってステージに向かっていった。
いつも通りに、3人のサウンドチェックが終わった。
「じゃあ、曲でお願いします」
PAスタッフさんの声のもと…
僕らも…演奏を始めた。
ふと客席を見ると、さっきのボーカルのお姉さんが、睨むような目をして、僕をみていた。
「…」
あー何かやだなー
思いながらも、僕は聞こえてくる音に集中した。
うん、前回同様、僕がやりやすいように、全部の音をモニターに帰してくれてる…
こないだお願いした事、覚えててくれてるんだ…
僕はちょっと感動しながら、
本番自分が、曲の世界に行きやすい環境を整える事を意識して…自分の歌を乗せていった。
「本番よろしくお願いします」
僕らのリハも終わった。
ステージを下りていった先に、さっきのお姉さんが立っていた。
僕は、思わず何気なく…彼に声をかけてしまった。
「よろしくお願いします…あの、すごく歌が上手で感動しました」
「…」
そのお姉さんは、小さい声で僕に言った。
「あんたと一緒にしないでくれる?」
「えっ…」
「僕は、あんたみたいに、バンドに媚びてるボーカルって大っ嫌い」
「…」
「どうせ可愛がられてんでしょ?大して上手くもないくせに」
そう言い捨てて、彼はクルッと振り向いて、スタスタと出て行ってしまった。
ガーン…
僕は、茫然とその場に立ちすくんだ。
片付けを終えたシルクが、僕に気付いた。
「は?…どーしたの?」
「…」
僕は、今にも泣きそうな表情で…下を向いていた。
「何か言われた?」
「…」
「あーもう、めんどくさいな…」
言いながらシルクは、僕の腕を掴んだ。
「先、外出てるから」
まだ片付け中のカイとサエゾウにそう言うと、シルクは僕を引っ張って、店の外に出た。
「あのお高い姉ちゃんに、何言われた?」
「…」
「可愛いだけで、下手くそだって?」
「…っ」
「どーせメンバーとヤってんだろうって?」
「……」
シルク酷いー
そこまで言われてないよー
「その通りじゃん…だって玩具なんだから」
「…」
「お待たせ」
「お腹すいたー飲み行こー」
カイとサエゾウが出てきた。
「あれ、カオルどしたのー?」
僕らの様子を見て、サエゾウが言った。
「あのお嬢さまに、イジメられたらしい」
「マジでー?」
「全く、あいつの鼻っ柱が強いのにも困ったもんだよな…」
カイは、笑いながら続けた。
「まーでも、イジメられとけばいいんじゃない?」
「…」
「イジメられればイジメられるほど、覚醒していくタイプだろ、カオルって」
「確かに」
「俺もイジメといてよかったー」
ホントにもうーこの人たちは…
他人事だと思って…言いたい放題だよなー
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