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充実純熟のLIVE(2)

僕らはいつものように、ファミレスでハイボールで乾杯した。 その日は、急きょ出れなくなってしまったバンドがあって、3バンドでのイベントとなったそうだ。 さっきのお姉さんのバンドが2番めで、僕らの出番は最後になった。 「真夜庭もやるか…」 カイが言った。 「いいよ、やろうやろうー」 「そしたら、曲順変える?」 「いや、真夜庭を…一応最後にしよう」 「一応って…」 「アンコールさせよう」 「ええー?」 「来るか?」 「…」 いや、アンコールが来るかどうかより… アンコールなんか来ちゃった場合に、僕は果たしてステージに戻れるんでしょうか… そこへ、ハルトとショウヤが、店に入ってくるのが見えた。 「あいつらにも内緒で」 「えーサクラも無しー?」 カイは、ニヤっと笑って頷いた。 「おはよう、お疲れー」 「どうですか、調子は…」 「それがさーあ」 サエゾウが、ちょっと面白そうに2人に言った。 「カオルが桜人にイジメられて、へこんじゃったんだよねー」 「あーそうなのー」 「桜人って…あの、CAMELLIAの…歌の上手いボーカルの人ですか?」 あーショウヤまで 「歌の上手い」って形容詞つけてる… 「音大卒らしいよ」 「超エリートじゃん」 「あの見た目で、あの上手さだからなー、しかもあの性格…だいぶチヤホヤはされてるんだと思うよ」 「メンバーにも、結構厳しいらしいよね」 「何か怖そうー」 「絶対入りたくねーよな…」 「でも、ファン多いんだよね」 「僕は断然、トキドルの方がいいです!」 「何て言われたの?」 ハルトが訊いてきた。 僕より先にシルクが答えた。 「可愛いだけの下手くそなくせに、メンバーに媚売ってるって」 「…」 だからー やっぱり、シルクの方が酷い気がするんですけど。 「カオル…自分で歌上手いと思ってる?」 少し考えて…ハルトが言った。 「いいえ…まだまだだと思います…」 「可愛いは?」 「…ハルトさんが、いつもカッコよくしてくれるから…ちょっとは…」 「そんで、玩具って自覚はあるんでしょ?」 「…はい、そこは…一応…」 ふふっと笑って、ハルトは続けた。 「じゃあ、何も間違ってないじゃん…そのままの事を言われただけなんじゃないの?」 「…!」 僕はハッとなった。 ホントだ…ハルトさんの言う通りだ… いや、シルクの酷い言い草だって、そういう事だ… そうか… 僕は、とりあえず見た目がそこそこで、歌にはあんまり自信がない、メンバーに媚を売ってなんぼの玩具に過ぎない… 全く、言われたそのまんまなんだ… 「ありがとうございます、ハルトさん!」 「うん…大丈夫、見た目は俺に任せといて」 「悪いお妃の呪文もねー」 「あははは、そうだった…」 へこんでダダ下がりだった僕のテンションは、一気に回復した。 「ほら、しっかり食べて、今日もイっちゃってね」 「今日はトリだからな、安心して楽屋でいくらでも処理できるし」 「あ、もしかして、また処理係やりますか?」 ショウヤがキラッと目を光らせた。 「ハルトとじゃんけんだな」 「あーそうですかー」 「もうー」 僕は、顔を赤くしながら…笑った。 「ふふっ…やっぱ単純だな」 「それがカオルの良いところ…」 シルクとハルトのお母さんコンビは、小さい声で笑い合っていた。 そして…まるで、終わった後の打上げのごとくに盛り上がった僕らは、再び店に戻った。 1バンド目が始まっていた。 ドリンクスペースには、例の2番目のバンドのファンと思われるお客さんに混じって、見知った顔が何人も来てくれていた。 その中には、前回のKYを見に来ていた女子もいた。 「わー来てくれたのー?」 サエゾウが、早速彼女たちに声をかけた。 「覚えててくれたんですかー?」 「もちろん、当たり前じゃん…ありがとねー」 シルクもその輪に加わった。 カイは、いつもの高校生2人組に声をかけていた。 えーっと… 毎回、早い時間から来てくれている、いつもの女子のグループが、チラチラとそっちを見ていた。 僕は、覚悟を決めて…彼女たちに声をかけた。 「…あの…いつもホントに…ありがとうございます」 「わーっ…カオルさん…」 「素のカオルさんだ…」 「いつも、終わった後に話せなくてすいません」 「いえいえ…お疲れですもんね」 「今日も全力投球、楽しみにしてますー」 「あ、あの…よかったら…今のうちに、握手とか、してもらえませんか?」 そう言って、僕は彼女たちに向かって、右手を差し出した。 「…」 あーどっちがお客さんだよ… 言ってから、僕はちょっと後悔した。 しかし、彼女たちは、それはそれは嬉しそうに、僕の手を握り返してくれた。 「ありがとうございます…すごく嬉しいです!」 「ヤバい…泣きそうです…」 そんな彼女たちを見て… 僕も泣きそうになってしまった。 「応援してくれて…ホントに…本当に、ありがとうございます…」 僕は、しみじみ言いながら、彼女たちに向かって、深々と頭を下げた。 「素のカオルさん、普通過ぎですよね」 「めっちゃ萌えます」 「本番、すごく楽しみにしてますー」 「…」 シルクとハルトの言葉に続いて、そんな彼女たちとの触れ合いにも背中を押されて… 僕のテンションは、一気に高まっていった。

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