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充実純熟のLIVE(3)
僕らが楽屋に入ったのは、ちょうど1バンドめの演奏が終わったときだった。
すっかり支度を終えた、CAMELLIAのメンバーが、若干緊張した面持ちで、機材を抱えて、前のバンドがハケるのを待っていた。
桜人と呼ばれたお姉さんも、派手な衣装に身を包み…それはそれは美しかったが…その表情は、氷の様に冷たく見えた。
彼は、スティックとスネアを持った、ドラムらしいメンバーに向かって言った。
「あの曲のあすこ…分かってるよね、絶対間違えないでよ」
「…はい」
ドラムの彼は、外から見ても分かるくらいに緊張しているように見えた。
僕は、ちょっとだけ、そのドラムの彼が気の毒になってしまった。
桜人がこっちを見た。
僕は、軽く会釈をした。
しかし彼は、僕の顔を見ると、まるで汚い物でも見るような目をして、ツーンと横を向いた。
「うわー敵対心丸出しだなー」
サエゾウが、後ろを向いて小さい声で囁いた。
「…」
「戦々恐々…カオルに負けたくないってだけだよ」
ハルトが言った。
「裏を返せば、それだけ一目置かれてるって事」
「…」
「お疲れ様でしたー」
前のバンドが戻ってきた。
入れ替わりに、CAMELLIAのメンバーが、ステージに上がっていった。
やがて、前のバンドのメンバーは、片付けを終えて出ていった。
僕らはいつものように、着々と準備を進めていった。
楽屋のモニターから、CAMELLIAのステージの様子が映し出されていた。
モニターを通してさえ、桜人の歌は素晴らしかった。
「生で…聞きたいですね…」
「ふふっ…カオルって、ホントに素直だよね」
うっかり呟いた僕に、ハルトが言った。
カイの着替えやら、シルクの髪やら、サエゾウのメイクやらも手伝いながら…
ハルトは、最後に僕の前に座って、僕の仕上げに取り掛かった。
モニターから聞こえる桜人のMCが、次が最後の曲を伝えていた。
それを聞いたハルトは、
僕の髪を整えながら、僕に言った。
「カオル…お前、自分では歌に自信ないって言ってるけど…少なくともここにいる全員は、そうは思ってないよ」
「…」
「むしろ、カオルの歌に置いていかれないように、必死で食らいついてる」
「…」
「確かにな…」
「持ってかれそうになるー」
シルクとサエゾウも同調した。
「しかも、ココでお前を取り逃したら…アヤメさんに持って行かれちゃうからね、そりゃあもう大変よ」
「…」
ハルトの言葉に、3人様は、何とも言えない複雑な表情になっていた。
ハルトは、更に呪文を続けた。
「それと…カオルは、いつも歌うとき、自分だけひとりで異世界に行っちゃうでしょ?」
「…はい」
「今日は、お客さんも一緒に連れて行ってみなよ」
「…えっ…」
お客さんも一緒にって…
考えた事なかった…
あの…歌ってるときの、僕を取り囲む映像を…お客さんにも見せる事なんて、出来るんだろうか…
「そんな難しい事…出来る気がしないんですけど…」
不安気に答える僕に、
ハルトはキッパリ言い切った。
「いつも媚び売ってるメンバーが、全力で手伝ってくれるから大丈夫!」
「…」
そうこうしているうちに、最後の曲が終わった。
「で、ほら…鏡ちゃんと見て」
僕は、鏡に映る自分を見た。
ハルトに作ってもらった僕は…それはそれは可愛く、カッコよかった。
「見た目はカオルの方が上だよ」
「うんうん」
「カオル可愛いー」
「…」
皆に囃し立てられて、僕はだんだん気持ちが上がってきた。
シルクが立ち上がった。
そしてズカズカと僕に近寄ってきた。
「めんどくさいな、さっさとスイッチ入れてやる」
そう言ってシルクは、僕の顎を掴むと…
シュッと僕に口付けた。
「あーシルくんズルいー」
言いながらサエゾウも立ち上がった。
そして、シルクから僕を奪い取った。
「俺もスイッチ入れるー」
言いながら、サエゾウも僕に口付けた。
「あとはカイにも入れといてもらえー」
サエゾウはそう言って、僕をカイの方へ押した。
「しょうがないなー」
言いながらカイも、僕に口付けた。
バタン…
ステージに続くドアが勢いよく開いて、若干不機嫌そうな桜人が戻ってきた。
「…!!」
彼は、僕とカイが顔を寄せているのを見て、驚愕と憎悪の混ざったような表情になった。
「お疲れ様でーす」
何事も無いようにサエゾウが言った。
「ふん…やっぱりそうなんだ…」
彼は、侮蔑する様な目で、僕を睨んだ。
続いてメンバーが戻ってきた。
「お疲れ様でーす」
僕らは彼らに声をかけた。
「もう、どんだけミスしてんだよー」
桜人が、さっきのドラマーに向かって言った。
「…すいません」
「まあまあ、お客さんには分かんないレベルだったと思うよ」
見兼ねた他のメンバーが言った。
「そういう問題じゃないでしょ…お前だって、2曲めのソロ間違えてたじゃん…」
「…」
何となく、険悪な雰囲気の中…僕らは逃げるようにステージに移動した。
「あんなバンドには…なりたくないな…」
シルクが呟いた。
「めっちゃ怖かったねー」
「…」
ボソボソ言いながら、
僕らは着々とセッティングを進めた。
やがて、準備が整った。
幕開けまでの流れを説明をして、スタッフさんもステージから出ていった。
「やりますか」
「楽しもうねー」
「うん」
暗いステージの上で、僕らは手を重ねた。
そして僕は…彼らに言った。
「絶対…間違えないでくださいね」
「…っ」
「…!」
「…」
彼らは…目をパチクリさせながら、僕の顔を見た。
ニヤっと笑う僕は…
そのとき既に、完全にスイッチが入っていた。
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