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充実純熟のLIVE(4)
幕が上がった。
僕の目の前に、たくさんのお客さんで埋まった客席の景色が広がった。
僕は、スイッチの入った笑顔で彼らを見下ろしながら、大きく右手を掲げた。
そして、カイのカウントからUnder the Moonlightの曲が始まった。
その瞬間、僕の手から炎が噴き出し、目の前の客席は…炎の燻る瓦礫の山と化した。
若干の緊張感が漂う演奏によって、僕は、愛するマネキンと共に、炎に包まれていった。
その感覚に陶酔しながら…僕は、観客のひとりひとりと目を合わせながら、見えない彼らの心の手を引いて、彼らを炎に巻き込んでいった。
昇華した愛に満たされて…
僕は恍惚の表情で、その曲を終えた。
間髪を入れずに、カウントからの螺旋のイントロが始まった。僕はすぐに、切なく悲しい螺旋の世界にすっ飛んでいった。
この切なさを伝えたい…
僕は強い気持ちで、また、ひとりひとりの目を見つめていった。
カイのドラムが…サエゾウのギターが…
そして何よりシルクのベースが…そんな僕の背中を押してくれた。
それはまた同時に、僕の身体の芯にも…着実に響いていった。
「TALKING DOLL通称トキドルでーす」
2曲を終えて、いつものサエゾウMCが入った。
客席から、溜息と拍手と歓声が起こった。
「今日は新曲いっぱいやるからねー」
シルクも喋った。
「今の螺旋は、つまんない俺の曲だけど…次の曲はサエが作った名曲だから」
「つまんなくなーい」
客席から笑いが起こった。
「シルくんのも切ない良い曲だよねー」
「シルクー」
「シルク最高ー」
「さんきゅー」
「あ、カオルちゃん…今日はいつになくシャキッとしてるじゃん」
サエゾウが、僕を見て言った。
確かに、いつもなら震えて、立っているのがやっとだった僕が…今日はまだ、珍しく持ち堪えていた。
「何か喋れる?」
「…」
「そこまでじゃないかー」
「…」
「カオルー」
「可愛いー」
「…」
僕は…どこか虚ろな、心そこにあらずな表情で、客席に向かって顔をあげた。
「やばっ…」
「キャーッ」
また客席から声が上がった…
「じゃ、気を取り直して先に進みますか」
「俺の名曲と、カイの激しい曲ーどんどん続けていくからね、置いてかれないようについてきてー」
そんな息の合った掛け合いMCが過ぎ…
再びカイのカウントからの…無題のイントロが流れてきた。
僕の目の前の客席は…鬱蒼と茂る深い森の一角の…月に照らされた青白い世界になった。
そして、サエゾウのギターに合わせて…光の粒がいくつも湧き上がっていった。
サエゾウだけじゃなかった。
カイのドラムも、シルクのベースも…次々と光の粒を産み出し…それが客席へと流れていった。
「…光の粒が見えるのは…僕の気のせいですか?」
ショウヤが、ハルトに言った。
「いや、気のせいじゃない…」
ハルトは、ニヤっと笑いながら続けた。
「俺にも見える…」
やがて、会場は…光の粒に埋め尽くされた。
そららの全てが、僕を照らしていた。
「何なの…これ…」
桜人が、隣で見ていたメンバーに、怒ったように言った。
「何で…こんなに光ってるように見える?」
「…すごい…人ですね、あのボーカル…」
「…っ」
思わず呟いたメンバーを、桜人はキッと睨みつけた。
その光の粒を、更に照らすように…客席の皆が、自然とステージに向かって手を伸ばし、曲に合わせて揺らし始めた。
…なんて綺麗なんだろう…
思いながら、僕はその光を全身で受け止めながら…
最後のサビを歌い切った。
そして、最後に残ったギターと共に…その光はフェイドアウトしていった。
「…」
何とも切なく悲しい静寂が広がった。
そこへ、全く不意打ちをかけるように、
Masqueradeの激しいギターリフが響いた!
それはまるで…
硝子を叩き割るような衝撃的だった。
会場は一気に、渦巻く仮面舞踏会に急変した。
突き上げられるように、観客は、頭を振り始めた。
気持ちいい…
カイとシルクの、息の合った重厚なリズムが、戦車の様にドカドカと響き…それは僕の身体だけでなく、観客までも侵していくように感じた。
サエゾウの激しいギターソロが、更に輪をかけた。
僕はその場に跪いた。
そしてピタッと静かになり…僕は、そのまま下を向いて…囁くように歌詞を謳った。
からの、より激しい最後のサビ…
僕は、ステージの手すりに手を掛け、客席に身体を乗り出して、歌い切った。
「はぁ…はぁ…」
息を上げながら…会場を見下ろす僕の背中から…白いサエゾウのDead Endingのイントロが流れた。
観客は皆…また、両手を上に上げた。
背後から演奏隊に突き上げられながら…僕は、サビの歌詞に合わせて、会場に色を塗っていった。
赤く…青く…黒く…白く…
そして観客が最高潮に達した所で、黒いサエゾウが出現した。
彼のギターは、僕だけでなく…
観客をも…残酷に犯していった。
「何か…もう…泣きそうです」
ショウヤが言った。
「うん…」
ハルトも頷いた。
「カオル…すごいね」
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