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充実純熟のLIVE(5)

「PV見てくれたー?」 「見たー」 「まだー」 「えーまだの人いるのー?」 「絶対見て」 楽しい掛け合いMCの間…僕は客席に背を向け、ドラムセットに手をついて、肩で息をしていた。 「もうちょっとだ…頑張れ…」 小さい声で言いながら、カイは手を伸ばして、僕の頭を撫でた。 「キャー」 またも歓喜の悲鳴が起こった。 「あーもう、何やってんのー」 「イチャイチャしてんじゃねーよ」 「ヤバっ…」 「カイー」 悲鳴は、なかなか収まらなかった。 それを鎮めるように、サエゾウは言った。 「じゃあ今日は、PVにもなった2曲でお別れねー」 「ええー」 「やだー」 更に悲鳴が起こった。 「シーッ」 シルクが、人差し指を口にあてた。 「宵待ち…やるよ?」 観客は、シーンとなった。 そして、カウントからの…宵待ちのイントロが始まった。 会場はすぐに、あの聖地の公園になった。 「…っ」 ショウヤの目から、涙が溢れた。 「見えるね…宵待ちの月が…」 ハルトは、天井を見上げた。 荘厳な雰囲気の中…宵待ちの月を見上げながら…そして演奏隊に身体中を愛撫されながら…僕は力強く、歌い舞った。 観客もまた、まるで月にむかって伸ばすように、手を揺らしていた。 タオルで顔を覆う姿が、そこ此処に見られた。 「何泣いてんの、お前…」 桜人が、隣に立っていたドラマーに、冷たく言った。 「桜人さんには見えないんですか?」 「何が?」 「月が…」 「…」 桜人は、納得出来ない表情で、自分の目を擦った。 曲が終わった。 「じゃあ、最後は…一緒に踊るよー」 「てか、踊らせてやる」 「キャーッ」 歓声の中、またカウントから神様のイントロが始まった。 会場は、まるでPVと同じく、タガの外れた豪奢な狂宴の場と化した。 その宴に参加する誰もが、踊り狂いながら、生贄の僕を虐めた。 ギターソロが終わり、曲は終盤を迎えた。 そして僕は… 会場のいちばん後ろに立って、ずっと僕を睨み続けていた桜人に向かって、手を伸ばした。 「…っ」 桜人は、下に下ろした手を、グッと握りしめた。 「くそっ…何なんだ…あいつ」 僕は、追い討ちをかけるように… 彼に向かってニヤっと笑った。 狂宴が終わった。 僕は、その場にバタッと膝をついた。 そして、客席に向かって…土下座するように頭を下げた。 「キャー」 「カオルー」 「サエ様ー」 「シルクー」 「カイー!」 歓声は収まらなかった。 やがてそれは、大きな拍手となり…掛け声となった。 「アンコール!アンコール!」 「えっ…アンコール出ちゃった…」 「どうするんですかねー?」 楽屋に向かおうとしていたハルトとショウヤは、心配そうな表情で、ステージを見つめた。 「さんきゅー」 「どうする?もう1曲だけ…やっちゃう?」 「真夜中の庭に…行きたいー?」 サエゾウが客席に向かって訊いた。 「行きたーい!」 「聞きたいー」 「連れてってー」 そんな歓声が響いた。 「カオルちゃん、みんな連れてって欲しいってー」 僕は、頭を下げたまま… ブルブルと肩を震わせていた。 シルクが、僕の腕を掴んで顔を上げさせた。 僕は…ボロボロと、涙を溢していた。 「カオルー」 「頑張ってー」 「泣かないでー」 声援の中…また、もらい泣きでタオルで顔を覆う女子が何人もいた。 「めんどくさいなーもう…」 言いながらシルクは、親指で僕の涙を拭った。 僕は、シルクの目を見上げた。 「やるよ」 ほぼ素で、彼はキッパリ言った。 「キャーーッ」 …またも歓喜の悲鳴が巻き起こった。 僕の返事を待たずして…カイが、時計のリズムを刻み始めた。 僕は…ゆっくり立ち上がった。 目の前に大時計が現れた。 そして、サエゾウのギターリフと共に…真夜中の庭へ続く扉が見えてきた。 僕は静かに歌いながら、その扉をそっと開いた。 会場は…まさに真夜中の庭になった。 観客は、手を上げ、身体を揺らしながら…僕と一緒にそこで遊んだ。 夢なのか現実なのか…わからないゴチャゴチャの世界を、僕は…その場にいる皆と共有した。 「…早くPV作りたいですね」 「そうだな…」 ショウヤとハルトは、意を決した表情をしていた。 さっきの曲で手を伸ばされた桜人は、魂を抜かれたように、壁際の椅子に座り込んでいた。 僕は残る全力を振り絞って、最後のサビを歌い上げた。 そして、最後の時計の音が消えると同時に… 再びその場に崩れ落ちた。 「カオルー」 「キャーッ」 カイがドラムから立ち上がって、前に並んだ。 崩れた僕をそのままに…3人は、揃って客席に向かって、深く頭を下げた。 「カイー」 「サエ様ー」 「シルクー」 湧き上がる拍手と歓声の中… ゆっくりと幕が閉まった。 「すごかったね…」 「…はい」 ハルトとショウヤは…しばらくその場を動けなかった。 桜人は、椅子に座ったまま、 両手で顔を覆っていた。 「桜人さん」 ドラマーが、彼に声をかけた。 「すいません、僕…このバンド辞めます」 そう言って彼は、その場を離れた。 「…」 それでも桜人は、顔を上げなかった。

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