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充実純熟のLIVE(6)

ハッと気付いた2人は、慌てて楽屋へ走り、裏からステージに入った。 「……」 「あーあ…」 これっぽっちも片付いていなかった。 僕は崩れて倒れたまま… 他の3人も、その周りで座り込んでしまっていた。 「ほらーもう、しっかりして、片付けるよ!」 ハルト母さんが、声をかけながら、アンプの電源を落とした。 ショウヤは黙々と、慣れた手つきで差し当たり、カイのスネアを外した。 「ショウヤ!」 「…はい?」 「ここはとりあえず俺が何とかするから、お前、写真集売って時間稼いできて」 「…わ、わかりました」 ショウヤは急いでステージを下りていった。 「シルク!…カーイ!…サエ!」 ハルトは順番に、彼らの肩を掴んで揺らした。 「…」 ようやくシルクが立ち上がった。 「ベース置いてっていいから…ほら、サエも!」 言いながらハルトは、サエゾウのギターを持ち上げて、首から外した。 「…」 サエゾウも、ゆっくり立ち上がった。 それを見て…シルクが言った。 「行くか…」 「…うんー」 フラフラよろよろと…彼らはステージを下りていった。 「カイ!」 ハルトは、カイの腕を掴んで持ち上げた。 「…ふぅーっ…」 カイは、大きく溜息をついた。 「物凄くよかったよ…ホントに!」 「…」 カイは、力強くそう言うハルトの顔を見て、ふふっと笑った。 「何とか持ち堪えたな…」 言いながら、やっとカイも立ち上がった。 「全く…全力投球にもホドがあるよね…」 そう呟いて、ハルトはカイを見送った。 「さあてと…」 そしてハルトは、突っ伏して倒れた僕の横にしゃがみ込んで、僕の肩を叩いた。 「カオル、大丈夫…?」 「…はぁ…はぁ…」 僕は、目を瞑ったまま…大きく肩で息をしていた。 「カオル…?」 「…ハ…ルト…さん…」 僕は、ゆっくり目を開けて…彼を見上げた。 「…どうしよう…イっちゃい…ました」 「はあー?!」 僕は再び目を閉じると… 恥ずかしそうに腰をかがめた。 「マジで?!」 「…」 僕は小さく頷いた。 ハルトは、僕の両肩を掴んで起き上がらせた。 そして、ワンピース状の衣装の裾を捲った。 「…大丈夫、外からは分かんないから」 そう言って、彼はゆっくり僕を立ち上がらせた。 「うん、ちゃんと隠れるし…問題ないよ」 「…」 「イっちゃったんなら、逆に大丈夫でしょ…行っておいでよ、営業…」 「…でも…」 「だから分かんないって!ちょっと気持ち悪いかもしれないけど」 「…」 「これ片付けたら、下着買ってきといてあげるから」 「…わかりました…すいません」 そして僕は、若干変な足取りで、ヨタヨタとステージを下りていった。 「くっくっくっ…」 僕を見送ったハルトは、機材を片付けながらひとりで笑ってしまった。 「今度からパンツの替えも持って来なきゃだな…」 「あーっカオルだー」 ヨタヨタと出て行った僕は、すぐにお客さんに取り囲まれた。 気付いたシルクが、意外そうな顔でこっちを見た。 あー あんまり近寄んないでー 心の中で思いながら、僕は引き攣った笑顔で皆に頭を下げた。 「今日はホントに…ありがとうございました」 「すごくよかったですー」 「来れてよかった」 「伝説だよね、今日のLIVEー」 「今日は出て来れたんですねー」 「めっちゃ良かった…泣きました」 皆、口々に声をかけてくれた。 とても嬉しかったが…残念ながら、他の3人の様な、気の利いたトークは全く返せなかった。 「素のカオルさん、ホントに良い人ですよね」 「うん、ギャップがたまんないですー」 「…あはは…ありがとうございます」 結局それしか言えて無かった。 と、KYのファンだった女子が、言い出した。 「そう言えば、アヤメとユニットやるってチラっと聞いたんだけど…本当ですか?」 「えーっそうなのー?」 「ヤバっ」 「…あ、はい…」 「それもめっちゃ楽しみー」 「えーまさか、トキドルは辞めちゃうとか…無いですよね?」 「…」 僕は、とても真剣な表情で…キッパリと言った。 「お手伝いするだけです。トキドルは辞めません」 「あーよかったー」 「カオル居なかったらトキドルじゃないもんね」 「うん、絶対この4人がいい!」 言い切る彼女たちを見て…僕はたまらない気持ちになった。 「これからも…よろしくお願いします」 僕はそう言って、深々と頭を下げた。 「よろしくするー」 「こちらこそ、いつもパワーくれてありがとう」 「…」 僕は、なかなか頭を上げられなかった。 涙が…溢れてきてしまった。 「あーまた泣いちゃった〜」 「またもらい泣きしちゃう…」 「サエ様ー、どうしよう、カオル泣いちゃった」 向こうの輪に囲まれていたサエゾウが、あーあーっていう顔で、こっちを見た。 「あーもう、めんどくさいな…」 言いながら近寄ってきたシルクが、僕の腕を掴んだ。 「ごめんね、皆…今日はホントにありがとう」 僕は、顔を上げて…シルクを見た。 彼の顔を見た途端…僕の目から、更に涙が溢れた。 そして僕は無意識に… 彼の胸に頭を寄せてしまった。 「あーもう、みんな見てんだけど…」 言いながらシルクは、僕の肩を抱いた。 「ヤバっ」 「キャー」 「こんな間近で見れるとか…ヤバい…」 「写真撮っていいですか?」 「どーぞ…チューもしとく?」 「キャーッ」 歓喜の悲鳴に囲まれる中… シルクは、僕の顔を両手で押さえて、正々堂々と口付けた。 「あーシルくん、何チューしてんのー!」 向こうでサエゾウが叫んだ。 「わーっ」 「ヤバっ」 カシャカシャッ… ピピッ… 僕らは更に取り囲まれ、写真を撮られ続けた…

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