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充実純熟のLIVE(7)

興奮冷めやらぬお客さん達を、どうにか見送って…僕らはようやく、楽屋に戻った。 「カオル、はいコレ…例のもの」 ハルトが僕に、袋を手渡した。 「…ホントにすいません…」 僕は、顔を真っ赤にして、それを受け取ると…自分の着替えを持って、トイレの個室に駆け込んだ。 「何あれ、どーしたのー?」 「ふふっ、後で教えてあげるね…」 ハルトは含み笑いながら、皆の衣装を片付けていった。 「ふうー」 着替えを終えて、ようやくちょっとスッキリして…僕は再び楽屋に戻ろうとした。 「…」 と、楽屋の前の機材置き場に、桜人がひとりでボーッと座っていた。 「お疲れ様でした…」 そう言いながら僕は、彼の前を通り過ぎようとした。 「…あんたってさぁ」 桜人が、僕を呼び止めた。 「…何で、あんな風に出来るの?」 「えっ…」 「媚び売らないとダメなの?」 「…」 「媚び売らないと、言う事聞いてくれないの?」 桜人は、怒ったような、泣きそうな顔で、僕に捲し立てた。 僕は…彼が他のメンバーに、とてもキツい言い方をしていたのを思い出した。 「桜人さんは、…こんなに綺麗で、僕なんかより、ずっと歌も上手じゃないですか」 「そうだろ…自分でもそう思うよ…」 あー自覚あるんですねー 「曲だって僕が書いて、アレンジもしてあげてる…なのに、ちゃんとやってくれるヤツがいない…」 ワンマン社長っぽい思考だなー 「媚び売ったら、言う事聞いてくれるの?…あんたは、そうやってメンバーを操ってるの?」 「…」 僕は、静かに答えた。 「言う事なんて、聞いてもらってませんよ…」 「だって、あんな風に演奏されたら、下手な歌だって上手く聞こえるじゃない…」 あー何か、酷い言いようだなー 「…あっ…いや…そこまで下手とは…思わないけど…」 「…」 桜人は、少し気恥ずかしそうに、つけ加えた。 そんな彼を見て…僕は、静かに語った。 「僕は…あのバンドの玩具です…」 「えっ…」 「あの人たちが望めば…僕は何でもします」 「…やっぱり」 「僕は、あの人達が大好きなんです…あの人達と、そうしたいからするんです」 「…」 「もちろん、あの人達に、素晴らしい音楽的なセンスがあっての上だと思いますけど…そうする事で、見えなかったものが、見えてくる事もあります」 「…やっぱ…ヤんなきゃダメって事なんじゃん…」 「ウチのバンドの場合は、たまたま、そのやり方が合っていたってだけですよ…そうでない、繋がり方もあるハズです」 それを聞いた彼は、悔しそうに言った。 「僕は…結局誰にも分かってもらえなかった…」 「それって…桜人さんは、相手の事…分かろうとしたんですか?」 「えっ…」 「自分の事、分かって欲しいばっかりじゃ…伝わるわけないですよ」 「…」 「ドラムの人だって…あんなに桜人さんを慕ってるのに…それ、気付いてます?」 「…あいつが?…まさか…」 彼は首を横に振った。 「だって…あいつ、辞めるって…」 「そりゃあ辛かったと思いますよ…どんなに心と音を桜人さんに寄せても、貴方の理想に添えないっていう…自分の歯痒さに、彼がどんなに苦しんでいたか…」 「…」 バタンと楽屋のドアが開いた。 サエゾウとカイが、荷物を持って出てきた。 「あれ、カオルまだ支度してなかったのー?先行ってるよー」 サエゾウが、僕に気付いて言った。 僕は、慌てて桜人に頭を下げて言った。 「偉そうな事言ってすいませんでした。失礼します!」 そして僕は、そそくさと楽屋に戻っていった。 「お疲れ様でしたー」 「またよろしくお願いします」 サエゾウとカイは、そう言って、桜人の前を通り過ぎていった。 桜人は、黙って下を向いていた。 「カオル、ずいぶん時間かかったね」 ハルトが言った。 「いや…あの、桜人さんと、ちょっと話してたので…」 「ふうん…また、イジメられたのか?」 荷物を担いだシルクが、ふふっと笑いながら言った。   「あーどちらかっていうと…僕がイジメちゃったかもしれないかな…」 「マジか、何だそれ…」 急いで荷物をまとめて…僕は、ハルトとシルクと一緒に楽屋を出た。 既に、そこに桜人の姿は無かった。 余計な事…言っちゃったかなー でも、ドラムの人の気持ちは、痛いほど分かった。 そして、自分がこのバンドで…この人たちと一緒に、気持ち良く音楽を演れるしあわせを、改めてしみじみ痛感するのだった。 やっぱり僕の心はここにある… そして僕らは… 精算や、挨拶も済ませて…その店を出た。 「すげー疲れたー」 「…そうだな、今日は一段と消耗したよな」 「カオルが、絶対間違うなーとか言うからー」 「あーすいませんでした…」 すっかりスイッチの切れた僕は、情けない感じで謝った。 「…でも、間違えなかったじゃん」 「完璧な演奏でしたよ!」 「うん…本当に凄かった」 「トキドル歴代最高のLIVEだったかもねー?」 「まあ、DVD見てみないと何とも言えないけどな…」 「体感的には最高に疲れた…」 「じゃあ、まあ反省会って事で…」 「いつもの感じで行きますか」 「おなか空いたー」 そして…僕らはいつものごとく、 打上げになだれ込むのであった…

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