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ユニットのリハ(1)
「おはようございます…」
「おはよう」
その日、僕とアヤメさんのユニット…光鬱の、初めてのリハだった。
場所は、僕の家の最寄駅からすぐのスタジオだった。
「わざわざありがとうございます…迷わず来れました?」
「ああ…LIVEでも来た事あるからね、ここにスタジオがあるってのは知ってたし…」
僕らがよくLIVEをやってる店に、以前…KYも出てた事があったらしい。
「カイの店も、この近くなんだろ?」
「はい、反対口ですけど」
「行ってみたいな…」
「あー」
どうかなー
さっさと退散しないと刺されるかもしれないって…ショウヤが言ってたけど…
「今行ったら、締め殺されるかな…」
アヤメは、笑いながら言った。
「あはははっ…」
そんな、色々お見通しな彼の言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
スタジオに入り…僕らはセッティングを始めた。
アヤメは、ギターの他にタブレットPCを持って来ていた。
「オケを…作ってみたんだけど…」
彼はそれをスピーカーに繋ぐと、早速流し始めた。
「今のところ、ドラムとベースしか入れてない…やってみて寂しい所があったら、サイドとかシンセとか、入れるかもしれない…」
「…なるほど」
「とりあえずやってみよう…」
「…はい」
そして僕らは、先日それなりに固まった曲を、順番に演奏していった。
何か…懐かしいな…この感じ…
それは、トキドルのリハとは、全く勝手が違った。
いや…言ったら、トキドルが異常なのかもしれないが…
その演奏に、闇雲に身体を犯される事もなく…僕は所謂、フツーに歌っていった。
もちろん…背中で押したり、歌詞を伝える事を意識した上ではあったが…
とりあえず、全曲を合わせ終わってみたところで…いったん僕らは休憩した。
「うーん…」
「…何か…すいません…まだ曲がちゃんと身体に染みついてなくって…」
「いや…俺の方こそゴメン…」
アヤメは、まだまだ本調子とは言えないようだった。と言うか…僕の方も、まだまだギターの音をちゃんと聴く余裕さえ無かったのだが…
「まあ、初めてにしては上出来だと思うよ…とにかく回数を重ねていこう」
「そうですね…」
それしか無かった。
何度も何度も繰り返し練習しながら…僕は段々と、その曲の世界観を掴み…そして表現する方向を模索していった。
アヤメも僕と同じように、色々模索しているように見えた。
そうこうしているうちに、お互い、相手の音を意識して、合わせていけるように、段々なってきた。
そうだよなー
普通はこうやって、作り上げていくんだよな…
逆に、トキドルの曲って…何であんなに、最初から身体にズーンと入って来るんだろう…
後半になるに従って、アヤメのギターの音が、冴えてきた。時々、僕の身体に…それがシュッと入って来るように感じられてきた。
「だいぶ良い感じになってきたね…」
「…はい」
「もっともっと…お前の歌を感じたい…」
「…」
アヤメは、僕に向かって手を伸ばした。
「ちょっと…こっち来て」
「…」
僕は彼に近付いた。
手が届く距離に近付くや否や…アヤメは僕の頭を抱き寄せると、勢いよく僕に口付けた。
「…んっ…」
口を離れた彼は、ふふっと笑いながら言った。
「反則だけどな…強行手段…」
「…」
僕も、ふっと微笑みながら、アヤメの目を見た。
「よし、もう1回、やってみよう」
「はい」
そして通した最後の演奏は、強行手段のおかげか、とても良くなった。
アヤメのギターの音が、僕の身体に自然と浸み込んできて…僕は歌うほどに、その世界の映像が鮮やかに思い浮かべられるようになった。
まだ…目の前に見えるまでには至らなかったが…
あっという間に2時間が過ぎた。
とても充実した練習だった。
「お疲れ様…だいぶ見えてきたな」
機材を片付けながら、アヤメが言った。
「俺のギター…大丈夫だった?」
「はい…僕が言うのも烏滸がましいですけど…どんどん良くなっていく感じがしました」
「今日録音したの…出来れば一緒に聞きたいな」
「そうですね…」
うっかり「うちに来ますか?」って言いそうになって、僕はハッと思った。
いや待てよ…
うちなんかに案内したら…シルクとか、ショウヤさんとかにバッタリ出会って、アヤメさんが刺される確率上がっちゃうよな…
「郁んちは、近いの?」
先にアヤメが訊いてきた。
「あ、えーっと…駅の反対側です…」
僕は、モゴモゴしながら答えた。
「さすがに、お前んちに押しかけたら…本気で締め殺され兼ねないか」
「…」
よく分かってらっしゃる…
「とりあえず、軽く飲み行くか」
「…はい」
スタジオを後にして…僕らはとりあえず、すぐ近くの大衆居酒屋っぽい店に入った。
ハイボールで乾杯しながら、アヤメは言った。
「この辺…よく飲みに来るの?」
「あーこっち口は、あんまり来ないですかねー」
「この店…初めて?」
「はい…とても気になってましたけど…入るのは初めてです」
そしてまた、串盛りとか、刺し盛りとか、唐揚げとかポテサラとかっていう…大衆居酒屋メニューをいっぱい頼んで…僕はバクバクと食べ始めた。
「郁ってさあ…」
「…はい…何ですか?」
「何でいつも、そんなにお腹空かせてるの?」
「…」
「ごはん食べさせて貰えない子どもみたいだよね」
「…」
僕は何も言い返せなかった…
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