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光鬱デビューLIVE(2)

会場は、大勢の人で埋まっていた。 「あ、トキドルさんだー」 先日のLIVEに来てくれていた、元KYファンの女子達が、目敏くトキドル軍団を見つけて声を掛けてきた。 「わおーこないだはありがとうねー」 シャキッと営業スマイルになって、サエゾウが答えた。 「カオルちゃん、どんな感じなんですか?」 「俺らも今日初めて観るんだー」 「そうなんですねー」 「頑張ってっから、応援してやってねー」 「はい!」 「ふうー」 彼女達が離れていったのを見て、サエゾウは素に戻って溜息をついた。 「心にも無い事言っちゃったー」 「めっちゃ好感度上がってたよ」 サエゾウの肩をポンポンと叩くと…シルクは笑いながら続けた。 「KYからのアヤメファンがいっぱい来てるんだろうからな…あいつ、相当緊張してんじゃないの?」 「しかも、皆…興味津々だろうしね…」 「俺らもだけどさ」 3人様とハルトは、会場の後ろの方に陣取って、閉じられた幕を見つめていた。 ショウヤは、いつものようにカメラを構えて…人混みの中をウロウロしていた。 その頃…すっかりセッティングを終えた僕とアヤメは…スタッフが去ったステージの上で、ガッチリと手を握り合っていた。 「楽しんでいこう」 「…はい」 ほどなく、流れるBGMが大きくなり…会場内の照明が落とされた。 「…始まるな」 そして、静かに幕が開いた。 アヤメのPCから…SE的な音が、大音量で流れ始めた。 「アヤメー!」 「アヤメさーん」 客席から幾つもの、アヤメを呼ぶ声が飛んだ。 「カオルー」 あっ…誰か気を遣って呼んでくれた… SEからの、ドラムのリズムに切り替わり…そして、そこに、アヤメの激しいギターが乗っていった。 それは徐々に…僕の目の前に、その曲の映像を浮かび上がらせていった。 僕は、まさに…初期のトキドルのLIVEのときのように…その映像の世界の中へ、自分の全てをもって行った。 「…あいつ…こんな曲も歌えんのか」 ボソッとカイが呟いた。 「悔しいー、なんかカッコいいー」 「…でも、さすがに見えないね…」 サエゾウとハルトも続けた。 「…」 シルクは黙ったまま…じっと、ステージの上の僕の姿を凝視していた。 「いい感じに入れてますね…カオルさん」 最初の曲が終わって、ショウヤがカメラを構えたまま、シルクに言った。 「そうだな…」 「変なスイッチは稼働してないみたいですけど」 「衣装もなかなかいいじゃない…」 ハルトが呟いた。 光をイメージした白い衣装で、ステージの前面で歌い舞う僕の後ろで、まさに鬱をイメージした黒いアヤメが、所狭しと舞い弾いていた。 「絵になりますね…」 カメラを構えたショウヤは、また撮影ポジションを確保するために、人混みの中を掻き分けていった。 アヤメのギターは絶好調だった。 あの…残念な最後のKYのときとは比べ物にならないくらいに…彼のギターは、むしろ歌よりも強く曲の映像を醸し出していた。 それは、観客だけでなく…僕の身体をも、着実に侵食しつつあった。 怒涛のように何曲も続けて…残り2曲となったところで、ようやくアヤメがMCを喋った。 「どう?…ついて来れそう?」 「キャーッ」 「アヤメー!」 「カッコいいー」 「光鬱…よろしくね」 「アヤメー」 「アヤメ最高ー」 会場は声援に包まれた。 「上から目線にもホドがあるよな…」 ふふっと笑いながらカイが言った。 「まあそれが、あいつの良い所なんじゃないの?」 シルクが応えた。 「カオル…勃ってるかなー」 「勃ってんだろ…あの感じだと…」 ステージ上で、アヤメが流暢に喋っている隣で… 僕はいつものごとく、下を向いて…はぁはぁと息を上げていた。 アヤメは、そんな僕の腕を掴んで、自分の方に引き寄せると…観客に向かって言った。 「これ、カオル…よろしくね」 「キャーッ」 「カオルー」 「ヤバいーっ」 「何、ここのファンも、そーいう層なの?」 ハルトが言った。 「V系バンギャルの半数はそうだろ…」 「あーもうーそれ以上触るなー!」 そう叫んだサエゾウの口を、シルクが慌てて塞いだ。 「サエ、好感度好感度…!」 「…うーーっ」 そして最後の2曲を、またとてもカッコ良く演奏し、歌い上げての…その日の光鬱のステージは終わった。 「アヤメー!」 「カオルーッ」 大きな声援に惜しまれながら、深々と頭を下げる僕と、大きく手を振るアヤメの上に、幕が降りた。 「カッコよかったねー」 「うんうん、アヤメ良かったー」 「ボーカルの子も良かったよね…」 「カオルだっけ?」 明るくなった会場内で…そんな会話が飛び交った。 さっき話した女子達が、帰りがけに、またトキドル軍団に声をかけた。 「カオルちゃん、良かったですねー」 「また違う魅力発見しちゃった」 「ありがとうね」 「俺らも頑張んなきゃー」 「来月ですよね、また行きます!」 「やっぱトキドルのカオルを見なきゃねー」 「マジでー?嬉しい、待ってるねー」 彼らは、彼女達を見送った。 「あいつらは…出てこないんだな…」 「うん、そーいう主義らしいから」 「それでもこんだけファンが付くって…すげーよな」 「…大丈夫ですよ」 何となく、羨ましく劣等感に苛まれた感じの3人様に向かって、ショウヤが言った。 「カオルさんが…今日来てる全員を、トキドルに引っ張ってきてくれますから」 「…」 「…」 「何、その根拠の無い強気な予言ー?」 3人様は、半ば呆れたような表情で、ショウヤを見た。 「根拠は…あるでしょう?」 「…」 「今日のカオルさん見たら…誰だって、ファンになっちゃうと思いませんか?」 そう言ってショウヤは…ニヤっと笑った。

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