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光鬱のあとのあっちの2人(1)

「はあーあー」 カウンターでハイボールを飲みながら、サエゾウは、とても大きな溜息をついていた。 「俺、今日めちゃめちゃ好感度No. 1だったよねー」 「そーね」 「心にも無い事ばっかり言ってたー」 「ふふっ…」 「譲っちゃったしー」 「うん…よく出来ました」 カイは言いながら、サエゾウの頭を撫でた。 それからサエゾウは、ハイボールを飲みながら…カウンターにいるマスターに向かって言った。 「マスターギター弾きたーい」 「どうぞどうぞ」 マスターは、少し離れた所に座っていた…割と年配の2人組に向かって言った。 「ロックな子達なんだけど、一応ドラムとギターだから、一緒に演ってあげてくれない?」 2人組は、嬉しそうに答えた。 「おおーそうなんだー」 「いいよ、やろうやろう」 「やったーどんなのやるんですかー?」 「ジャズ」 「…そうなんだよ…ジャズの人たちなんだよ…」 カイは、ちょっと頭を抱えた。 「ジャズって難しいのー?」 「うん…」 「難易度高い方が燃えるーお願いしますー」 言いながらサエゾウは、飛び上がるように椅子から立ち上がると、いそいそとステージに向かって行った。 年配の2人は、ピアノとベースの位置についた。 カイも渋々ドラムに座った。 「ジャズはやった事ない?」 「ないですーどうしたら良いんですかー?」 ベースの人が、サエゾウに譜面を数枚渡しながら言った。 「基本、コレの繰り返しだから」 「…」 サエゾウは、それを見ながら…眉間に皺を寄せた。 「7は分かるけど…11とか、よく分かんないー」 「あははは、ロックのコードでも大丈夫だよ」 「テーマは僕が弾くから、ま、気楽にやってみよう」 ピアノの人が、ポロポロと弾きながら言った。 「あーその曲、聞いた事あるー」 「でしょ…だいたいジャズなんて、皆どっかで聞いた事ある曲だから」 カイも、何となく…ジャズっぽいドラムを、叩いてみていた。 彼は、この店で…彼らと一緒に、何度かジャズのセッションをやらされた事があったのだ。 「じゃあ、いってみよう」 そして、カイの緩いカウントから、曲が始まった。 よく聞く定番の…「枯葉」だった。 「…」 サエゾウは、譜面を見ながら…必死にコードを追っていた。 カイの、なんちゃってドラムに、本業のジャズベースが乗って…そこに上手なメロディアスなピアノが、とても良い感じだった。 いったんテーマが1周したあとは、ピアノの人が、ソロっぽいアドリブフレーズを弾いた。 「次、ギターソロ、どうぞ」 「えーっ」 言われてサエゾウは、必死に弾いた。 元々の腕と、持ち前のセンスで…彼はそれなりに、ソロを弾いてのけた。 ま、若干ロックっぽかったかもしれないが… 「いいねーじゃ、次ベースだから」 ベースのソロを引き立てるために、ドラムもピアノも、とても小さくなって、ブレイクになった。 それを聞いて、サエゾウも慌ててそれに倣った。 「ドラムいくよ」 ドラムソロの間も同様だった。 頭のコードだけちょっと鳴らして…あとはブレイク。 カイも、それなりに…ジャズっぽいソロを叩いた。 「最後はテーマにもどるよー」 そしてまた、ピアノがテーマを弾いての…何とか曲が終わった。 「とても良かったと思うけど?」 「うん…2人とも、すごく上手なんだね」 「難しかったー」 サエゾウが、目を輝かせながら言った。 「でも、勝手が分かったでしょ?」 「何となくー」 「じゃ、もう1曲やってみようか」 そんな感じで…他にお客さんが居なかった事もあり…彼らは何曲も演奏を続けた。 続けるうちに…カイもサエゾウも、どんどんジャズの雰囲気を掴んでいった。 他のお客さんがやってきたのを見て…ようやくジャズセッションは、お開きになった。 「ありがとうございました!いやー楽しかったー」 すっかり満足した表情で、サエゾウは、ベースとピアノの2人と握手を交わした。 「僕らも楽しかったよ…良い演奏をありがとう」 「勉強になりました」 カイもそう言って、彼らの手を握った。 カウンターに戻って、僕らは煙草に火を付けた。 「ジャズの店になったのかと思った」 新たに入ってきた、常連のお客さんが、笑いながら言った。 「たまに、ジャズの店になるんですよ」 言いながら、マスターは…皆のおかわりドリンクを出した。 「乾杯ー」 「ありがとうございました」 その常連さんも含めて、彼らは改めて乾杯した。 「ジャズって、面白いですねー」 サエゾウは、2人に向かっていった。 「そう思ってもらえたんなら、良かったな」 「いや、言っとくけどな、サエ…あんなのホントになんちゃってだから」 カイが突っ込んだ。 「いやいや…2人ともセンスが良いから、本物に聞こえてたよ」 ピアノの人も言ってくれた。 「そーね、ギター良かったんじゃない?」 マスターも褒めてくれた。 「ホントですかー?マスターもそう思うって事は…やっぱ俺ってスゴいんだなー」   調子に乗ったサエゾウに、カイは小さい声で、ビシッと言い放った。 「店主が…大事なお客さまに、ダメ出しなんかするわけないだろ」

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