275 / 398
ワルツなリハ(1)
「おはようございます…」
いつものように…
僕はリハのために、カイの店に行った。
その日は、新曲を形にしつつ、次の地元のイベントに向けてのセトリをおさらいするっていうのが目的だった。
「おはよう」
カウンターにシルクが座っていた。
サエゾウが作ってくれた音源が、何度も繰り返し…大音量で流れていた。
サエゾウは既にギターをセッティングしての…曲に合わせて、小さい音で試し弾きをしていた。
「はい」
カイがハイボールを出してくれた。
「ありがとうございます…」
カイとシルクのグラスと、小さく乾杯してから、僕はそれをひと口飲んだ。
「下見…どうだった?」
カイが訊いてきた。
「あ、すごく良い所でしたよ」
「ふうん…」
「で、どうだった?」
「…どう…って…?」
「ショウヤとハルト…」
2人は意味深な表情で…ニヤニヤしていた。
「…っ」
もうー
エロおやじなんだから…
僕は、少し顔を赤くしながらも…ハイボールをゴクゴク飲みながら、しれっと答えた。
「楽しかったです…」
僕がそんな風に答えたもんだから…2人は更に捲し立ててきた。
「そーか、楽しかったのか…」
「ま、2人ともオカシイからな…さぞかしやらしかったんだろうな」
「見学したかったわ」
「動画撮ってないの?」
もうー
そこじゃ無くて、景色とか建物とかっていうロケーションには興味ないんですか…
「ショウヤさんが撮ってたかと思います」
「マジか」
「裏下見、編集してくんないかな」
「催促しとくか」
もうー
「なにー何を催促すんのー?」
僕らがこっちで何やら楽しそうに喋っているのを見て、サエゾウがギターを置いて、こっちへやってきた。
「ハルトとショウヤが玩具で遊ぶ動画…」
「えーそれマジで見たいー」
サエゾウは、本気で目を輝かせながら、僕の隣に座って続けた。
「ねーそれって…俺がこないだやったのと、どっちがヤらしい感じー?」
「…っ」
「え、何それ」
「それは動画撮ってないのか?」
「秘密ー」
ああーもうー
「いい加減にしてください!」
僕は、バンッとカウンターを叩きながら言った。
「…」
3人様は、ちょっとビックリして…目を丸くして黙ってしまった。
「…あ、えっと…」
あんまりそんな話ばっかりだったもんだから…うっかりブチ切れてしまった僕は…ハッと冷静に返って、思わず口を濁した。
「えーカオル怖いー」
「久々に出るか、黒カオ…」
「…出ません!」
サエゾウとカイに、そんな風に茶化されている僕を見て、シルクは笑いながら言った。
「あははは…気になってしょうがないんだよ」
「…えっ?」
「カイもサエも…俺もね」
「…」
「お前が、あの2人にどんな風にヤられたのか…」
「…っ」
「お前が好きだからさ…」
「…!!」
「うわーシルくん…そーいう事言っちゃうー?」
「いーだろ、ホントの事なんだから」
「…」
サエゾウは…呆れたような表情で立ち上がった。
「あーもう…さっさと練習しよー」
そして、若干顔が赤くなったのを誤魔化すように…ヒョイヒョイとギターの方へ行ってしまった。
特に何にも気にしていない様子で、シルクも後に続いた。
「ホントにあいつ…居直っちゃったんだな…」
カイがボソッと呟いた。
「…」
少し気にして、顔を赤らめた僕は…ハイボールをゴクゴクと飲み干してから、ようやく立ち上がった。
マイクのセッティングをする僕に向かって、サエゾウは、敵対心剥き出しな感じで言った。
「言っとくけどーこの曲、全面的に協力したのは俺だからねー」
「…っ」
「わかってるって…」
うっかり返事に詰まってしまった僕の代わりに…シルクが答えた。
「わかってんなら…いいー」
もうー
何だか穏やかじゃないなー
大丈夫なのかな…そんなんで…
「とりあえず、やってみますか…」
ほどなく、ドラムの位置についたカイが言った。
「やってみようー」
「最初…ギターと歌だけでいいの?」
「はい…いいと思います」
「んじゃ…いくねー」
そう言って…サエゾウが、イントロを弾き始めた。
うわあー
僕はすぐに、撃ち抜かれた。
僕の当初のイメージでは…実はキーボードの音だったイントロを…サエゾウは、ほぼ完璧に、ギターだけで再現してのけた。
やっぱりサエさん…すごい!
辺りは…人形が飾られた白い部屋になった。
そして僕は、歌い始めた。
ギターと歌だけの、1番のサビまでが静かに進み…
間奏のギターソロで、ようやくドラムとベースが、ドラマチックな感じで入ってきた。
「…っ」
ああ…何てイメージ通りの世界なんだろう…
まるでオーケストラの演奏のようだった。
荘厳な雰囲気の中…目の前の景色の中で、飾られていた人形たちは、動き出し…思い思いに身体を揺らして踊っていた。
そしてまた、静かなAメロを挟んでの…
カイのスネアのロールから…これでもかっていう、激しく重いサビに入る…
それがまた…初めて合わせたとは思えないくらい、絶妙な呼吸とタイミングで、またも僕の心も身体も撃ち抜き…痺れさせていくのだった。
ああ…本当に…
この人たちは、どうしてこんな風に出来るんだ?!
僕は、喘ぎ叫ぶように、最後のサビを歌い切った。
最後はまた、落ちるように静かになり…
まさにクラシックの舞踏曲のように、ジャンジャンって感じで終わる…
それは…まさに夢から醒める瞬間のように…その情景に勢いよく幕を下ろした。
「……」
僕は…その余韻に、思わず身体を震わせた。
「…名曲だなー」
サエゾウが呟いた。
「…はい」
「やっぱ俺すげーよなー」
「…はい…」
僕は…大人しく頷くしか無かった。
ともだちにシェアしよう!