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楽しい地元のイベント(2)
いつものように、ワイワイガヤガヤと…僕らの準備は進んでいった。
「そろそろ移動するか」
「そうだね…あとは、あっちの楽屋で微調整しよう」
ハルトはテーブルの上を片付け始めた。
「ねー着替えとか、ここに置いてっていいー?」
「…いいですけど」
「いっそ、打上げもここでいいか」
マジか…
と思いながら、僕は若干後ろ向きな感じで答えた。
「…いい…ですけど…」
「んじゃそうしようー」
ハルトが、ホッとした表情で続けた。
「そうしてもらえると、俺もすげー助かる」
「…」
ハルトが、ものすごく助かった感じの表情で言うもんだから…僕は、とてもとても、お断りする気持ちにはなれなくなってしまった。
そういうわけで…僕らは、最低限の荷物だけ持って、僕の部屋を出た。
メイクも衣装もバッチリな4人が、ゾロゾロと道を歩く様子に…すれ違う誰もが振り向いていった。
「イマドキは、コスプレする人が多いですからね…」
言いながらショウヤは、そんな風に道を歩く僕らの姿も…カシャカシャとカメラに収めていった。
そして僕らは会場に戻った。
ステージ上では、大音量の洋楽に合わせて、4人のメンバーがダンスをしていた。
「おおー!すっかり出来上がってきたねー」
入口近くにいたマスターが声をかけてきた。
「あれ、ボーカルくん?」
「…あ、はい…」
「女の子かと思ったわ」
「…あはは…」
ま、女装ですからね…
僕らは狭い楽屋に入っていくと、出番の終わったお姉さんたちが、そこで何やら喋りながら盛り上がっていた。
「あ、スイマセン…ここ、使いますよね」
「次のバンドの方々ですか?」
「すーごい、カッコいいですねー!」
彼女たちは、僕らの風貌を見て、更に捲し立てた。
「楽しみにしてますー」
「いつもどこら辺に出てるんですか?」
「割と近くでやってるよー見に来てよー」
「ホントですか、行きたいなー」
「絶対来いよ」
「ヤバっ…行きますー」
「今日も盛り上げてねー俺らアウェイだからさーちょっと緊張してるんだよねー」
「あはははっ…全然そんな風に見えなーい」
スパッと営業モードに切り替わったサエゾウとシルクが、ニッコリ笑って言葉巧みに彼女たちを誘い込んでいった。
いやホントにスゴい営業トークだよな…
この人たち、ホストクラブとかでも全然やっていけるんではなかろうか…
「じゃあ、頑張ってくださいー」
言いながら、彼女たちは、楽屋を出ていった。
「俺のファン増えたー」
「いやまだどっちかわからんぞ」
「見たら俺のファンになるかもしれないよな?」
「今日は、いつもの人たちは来ないんですか?」
「一応告知はしてあるけど、こーいうイベントだって皆知ってるからね…あんまり来ないと思うよ」
「…」
そうなのか…
ホントに割とアウェイなんだなー
ウチからはイチバン近いのにな…
思いながら…
僕は、その部屋を見回しながら呟いた。
「楽屋…ホントに狭いですね…」
「な、紙パンツにしといてよかっただろ?」
「…っ」
そして、ハルトに髪型とかを整えてもらっているうちに…ダンスチームのパフォーマンスが終わった。
例のマスターが、ヒョコッと楽屋を覗きにきた。
「終わったから、よろしくね」
「あ、はーい…」
「よし、じゃいくか…」
カイのひと声で…僕らは立ち上がった。
「ま、いつもの感じで…気楽にいこう」
「いつもの感じで勃たせるー」
「…っ」
僕らはその場で、手を合わせた。
サエゾウとシルクが、機材を持って出ていった。
「カオルは…イントロ始まったら出てきて」
「…わかりました」
カイは、そう言って…自分のスティックとスネアを持って出ていった。
僕は再び、椅子に座った。
会場のBGMと、ガヤガヤとしたお客さん達の声に紛れて、3人がセッティングしているであろう、楽器の音が、たまに聞こえていた。
いつものお客さん達…来ないのか…
大丈夫かなぁ…
僕は、だんだん緊張してきてしまった。
楽屋に取り残されたから…尚更だった。
「ふうー」
僕は大きく息を吐いた。
「こないだの別荘…楽しかったね」
そんな僕の様子を見て…ハルトが言った。
えっ…何で急に、その話…?
「…」
ポカーンとしてしまった僕に、彼は続けた。
「持ち主のお客さんも、来てくれてるかなぁ…」
「…!」
あ、そうか…
そのおかげで、あの別荘を使わせてもらえたんだっけ
「しっかり恩返ししないとね」
言いながらハルトは、僕の頭を撫でた。
ちょうど、セッティングが終わったようだった。
司会MCの、トキドルを紹介する声が響いた。
「…わかりました」
僕は、ニコッと笑って立ち上がった。
そして、大音量で…
Under The Moonlightのイントロが流れ出した。
「いってらっしゃい!」
ハルトに肩を押されて…
僕は、勢いよく楽屋を飛び出していった。
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