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もうひとりの作者

続いて、楽器隊が、バタバタと楽屋にはけてきた。 「お疲れー」 「よかったんじゃない?」 「MCさすがだったよな…」 「ファン増えたー?」 「増えた増えた…」 「調子はどう?」 機材を片付けたシルクが、僕に言った。 ハルト母さんの言う通り…しばらくボーッと彼らのバタバタを見ていた僕は、だいぶ落ち着いていた。 ま、言ったら… 下半身が、若干モコモコで気持ち悪かったけど… 「出れそうー?」 サエゾウが言った。 「あ、はい…大丈夫だと思います…」 「レンが来てくれたー」 「レン?」 「あの…絵ー描いた人ー」 ああ…あの、黒いワルツの絵の人か… そしてサエゾウは、僕を引っ張って客席に出た。 「レンーありがとうー」 「あ、サエ…久しぶり」 「これが噂のカオルー」 サエゾウは、いつものように僕の首根っこを掴まえて…そのレンって人の前に突き出した。 「…」 「初めまして…」 レンと呼ばれた、茶色い長い髪のイケメンは、僕に向かって右手を差し出した。 「あ、どうも…」 僕は、その手を握った。 「じゃーあとはよろしくー」 サエゾウはそう言い捨てて…自分は、他の女子の方へ行ってしまった。 カイとシルクも、楽屋から出てきた。 シルクは、チラッとこっちを見て…何となく面白く無さそうな顔をしていたが…とりあえずカイと一緒に、他のお客さんをゲットするために、向こうへ行ってしまった。 レンと2人にされてしまった僕は、何から喋ったらいいのか、困ってしまった。 「…あ、えーと…あの…」 「何か…歌ってるときと、違うね」 「あーすいません…」 レンは、クスッと笑いながら、続けた。 「僕の…絵を見て、曲を作ってくれたんだってね」 「あ…はい、そうなんです」 「それ聞いて、すごく嬉しかった」 「聞いて…頂けました?」 「あの…ワルツの曲でしょ」 「そうです…」 「すぐわかった…」 「…あっ…」 そのとき、僕は気付いた。 あれを歌ってたときの…あの妙な感じ… もしかしてあれは、この人から出てたんだ! 「あの曲のとき…レンさんからも、オーラ出てましたよね」 「えっ…ホントに?」 「すごく…わかりました」 「あーそう…自覚…無かったけどな…勝手に出てっちゃったのかな…」 「…??」 彼は、少し取り憑かれたような表情で、続けた。 「でも…すごく伝わってきたからね…きっと僕の中の、あの絵の人形が、君の歌を聞いてすごく喜んで、僕の気付かないうちに、出てっちゃったのかもしれないな…」 「……」 もしかして、ちょっとヤバい系の人か? 「本当にありがとう…」 「あ、いえ…」 そして彼は、ポケットから…ハガキのようなものを取り出して、僕に差し出した。 「来週、個展をやるんだ…よかったら来てくれないかな」 「…来週ですか」 「是非、来て欲しい…」 「わかりました」 そして彼は、僕の耳元に顔を近付けると…とても小さい声で続けた。 「サエには内緒で来て…」 「えっ…」 「サエ…君の事が大好きみたいだからさ…誘ったなんて言ったら殺されちゃう」 「…」 殺されはしないと思います… ネチネチもしくはプンプンはするかと思うけど… 「じゃあ、またね…」 そう言って、レンはスッと店を出て行った。 「あ、ありがとうございました!!」 僕は慌てて、大声でお礼を言った。 「…今の人、何者ですか?」 ショウヤが、僕に訊いてきた。 「サエさんの知り合いで…新曲の元ネタの絵を描いた人だそうです」 「ふうん…」 ショウヤも、何となく訝しげな表情をしていた。 「何か…読み辛い人でしたね…」 「…ショウヤさんに読めない人なんているんですか?」 「そりゃあいますよ…」 「へえー」 「ま、読めない人ってのは、大概…ロクな人じゃないんですけどね…」 「えっ、何ですって?」 ちょうど、次のバンドの演奏が始まって…ショウヤのその言葉は、残念ながら僕には聞こえて来なかった。 その、最後のバンドの演奏も終わり… 僕らは…マスターや、例の林さんに、丁寧にお礼を言った。 「本当にありがとうございました、おかげさまで、良い撮影が出来ました!」 「いや、お役に立ててよかったよ…」 「PV完成したら見せてね」 「はい、もちろんです…いちばんに送ります!」 「呼んで頂いてありがとうございました」 「すごい盛り上がったね…また出てくれる?」 「もちろんです」 マスターは、僕にも声をかけてきた。 「ボーカルくん、ものすごく良かったよー」 「あ、ありがとうございます…」 「応援してっから、頑張ってね」 「…はい」 強面のマスターに、ポンポンと肩を叩かれて…若干背筋をシャキーンとさせている僕を見て、3人様は、クスクスと笑った。 「さてと…郁んちに帰るか…」 「よっしゃー打上げだー」 「買出し行かなきゃな…」 そして僕らは…というか彼らは、ステージ衣装なのを全く気にする事もなく、いつものスーパーへ向かっていった。 「え、ちょ…ちょっと待ってください…このまま行くんですか??」 「え、何で?…ダメー?」 「いやその…皆さんは…まあ、いいかもしれませんけど…」 派手派手ではあるけど…一応男の子の格好だからね… 「僕は…その…」 「別にいいじゃん、可愛いんだから」 「そうですよ、女の子って事にしとけばいいじゃないですか!」 「…」 「女装くらい、ちっとも恥ずかしくないと思うよ」 ハルト母さんがキッパリと言った。 ハルトさんがそう言ってくれるなら… 何となく、大丈夫な気がしてきた! 「紙パンツ履いてるのさえバレなきゃね…」 「……」 何でハルトさんって…こう 持ち上げてから、突き落とすんだろう…

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