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モデルになる(1)
「ズボン…脱いでくれない?」
「…えっ…?」
「素足の方が、足のラインがよくわかるから、描きやすいんだよねー」
「…わ、わかりました…」
僕は、致し方なく…言われるがままに、おずおずと自分のズボンを脱いだ。
そしてまた、その…台の上に乗った。
「シャツのボタンも…もうちょっと外して欲しいな」
「…っ」
「鎖骨の辺りがちゃんと見えるようにして」
「…」
僕はまた、言われた通りに…シャツのボタンを外すと、鎖骨が見える辺りまで、それをはだけた。
「胡座をかく感じに座ってくれる?」
「…」
言われるがまま…僕は従った。
そして彼らは…ようやく筆を走らせた。
ああ…
何でこんな事になってしまったんだろう…
◇
その日、僕は例の…
レンっていう人の個展を見に行った。
バイト終わりだったので、割と遅い時間になってしまった。閉まる直前に、何とか会場に辿り着くと…レンの他に、何人か知り合いらしい人達がたむろっていた。
「あ、カオルー来てくれたの!?」
僕を見つけたレンが、とても嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ギリギリですいません」
「大丈夫よー逆にもうお客入れないから、ゆっくり見てってねー」
この人、何かサエさんに似てるな…
ちょっと思いながら、僕はとりあえず…そこに飾られた彼の絵を…少し急ぎ目に、見て回った。
どれも…とても印象的な作品だった。
何なら、全ての絵に…曲をつけられるような気がした。
そして僕は…例の黒いワルツの人形の絵の前で、うっかり立ち止まってしまった。
「すごく素敵な曲を作ってくれて、ありがとうね…」
レンが僕に話しかけてきた。
「あ、いいえ…僕の方こそ、ありがとうございます」
「この子も…喜んでると思うよ」
「あはは、そうだといいんですけど…」
出た
ちょっとヤバい系発言…
ほぼほぼ全部の絵を見終わって…僕は挨拶をするために、再びレンに近寄っていった。
と、僕が声を掛けるより先に、彼が言い出した。
「あのさーちょっと頼みがあるんだけど…」
「…何ですか?」
「この後…時間ある?」
「…えっ」
いや…この人と飲みに行くとか、ちょっとやだな…
ヤバい系の会話、疲れそうだし…
そんな風に思っていた僕に向かって、彼は続けた。
「バイトしない?」
「…は?」
「この後…仲間うちで、スケッチミーティングするんだけど…モデルの子が来れなくなっちゃったんだよね…代わりにやってくれない?」
「えええーっ!?」
「お願い出来ないかな…」
「うんうん…君、すごくキレイだし」
レンの後ろから、画家仲間たちも次々に言ってきた。
「いやでも…モデルなんてやった事ないですけど」
「じっとしててくれればいいだけだから」
「ちょっと肩が凝るかもしれないけど」
「2時間でいいよ…1万出すよ」
「…!!!」
2時間で1万円!?
そんなの…
今日僕が7時間働いたより高額じゃないか!?
「…わかり…ました」
そうなのだ…
2時間1万円に、目が眩んでしまったのだ…
そして、そこからそう遠くない…レンの家の、いわゆるアトリエ的な場所に連れて来られた僕は…よく言えば「スケッチミーティング」…実際は、酒を飲みながらのスケッチ大会的な集いで、モデルをやらされる事になったのだった。
◇
「次は片膝を立てて座ってくれる?」
「…こんな感じですか?」
「うん…いいねー…で、ちょっと斜め上を見上げてみて」
僕は、言われた通りに…やってみた。
カサカサと、皆が鉛筆を走らせる音が響いていた。
あの、カシャッていうシャッター音よりはマシかな…
それでも、幾つもの目が、食い入るように僕に向けられているっていうのは、今までに経験した事の無い緊張感だった。
例え、酒を飲みながらであっても…
「ちょっと休憩しようか…」
「ふうー」
言われて僕は、大きな溜息をついた。
レンは、ハイボール缶を僕に差し出しながら言った。
「すごくいいね、カオル…初めてとは思えないよ」
「いやだって…じっとしてるだけですから…経験とか、関係あるんですか?」
「ダメな子は、萎縮しちゃったりするからね…カオルはLIVEとかやってるから、人に見られるのに慣れてるんだろうな」
まー恥ずかしい写真のモデルは…
しょっちゅうやらされてますからねー
「よかったらまた来てくれない?」
「あー俺も、もっとちゃんと描きたい」
「うん、是非やって欲しい」
「…」
まあ…こんな調子で大丈夫なんだったら、やってもいいかな…?
1万円だし…
皆に口々に囃し立てられて…
僕は、そんな気持ちになってしまった。
「よし、じゃあ再開しようか」
「…はい」
「今度は、四つん這いになってくれる?」
「えっ…」
僕は…のそのそと、両手を下につけた。
「あーシャツがちょっと邪魔だなあ…」
「…っ」
まさか脱げとか言わないですよね?
既に下は下着だし…ヤバい事になっちゃいますけど
「ま、いっか…今日のところは…」
「…」
今日のところは…って言いました?
若干の不安を抱えながらも…とりあえずそれ以上脱ぐ事を強制される事も無く…色々なポーズをとらされながらの、約束の2時間が過ぎた。
「はい、お疲れ様でした」
「!!」
衣服を整え、帰り支度をしている僕に…レンは、1万円の入った封筒を手渡した。
…ホ…ホントに1万円貰えちゃった…
「ありがとうございます!」
思わず僕は…目をキラキラ輝かせてしまった。
「また次回もよろしく…で、いい?」
「わかりました!」
目が眩んだ僕は、元気にそう言ってしまった…
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