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モデルになる(2)
その後も、何度か…レンは、僕にモデルのバイトを依頼してきた。
大概は、数人でのスケッチのモデルだった。
前回と同じメンバーで酒を飲みながらの時もあれば…昼間に、また違うメンバーが集う事もあった。
5分くらいずつ、ポーズを変えていくっていうのが多かったが…2時間ずっと同じ姿勢で立っていた事もあった。
もちろん途中で休憩させてもらえるけど…
トキドルのLIVEがまだ先で、リハもしばらくお休みだった事もあり…ここの所ところ僕は、週末をそのモデルのバイトで過ごす事が増えていた。
その日は、とても久しぶりな…光鬱のリハだった。
トキドル休業中の時期を狙って、レコーディングをする事になっていた。
「今日はすいません…この後予定があるので、これで失礼します」
「あーそう言ってたよね…わかった」
「来週の本番は、丸々1日空けておきます!」
「うん…よろしく頼むね」
少し残念そうに…アヤメは続けた。
「ちなみに、この後何があるの?」
「あー…えっと…」
アヤメさんなら言ってもいいか…
まず、サエさんと交わる事は無いだろうから
「実は…絵のモデルのバイトを始めたんです…」
「絵のモデル!?」
「…はい…サエさんの知り合いなんですけどね」
「へえー」
「大丈夫なのか?…あの薄気味悪いカメラマンもだけど…そういう類の連中は、おかしいヤツばっかりだからな…」
ショウヤさん…
薄気味悪くておかしいって言われちゃいました
「今の所、健全なモデルです」
薄気味悪いカメラマンと違って。
「ふうーん…」
「初日はちょっと脱がされましたけど…」
「マジか」
「あっ…でも、そんな変な意味では無く」
貴方みたいにねー
しばらく訝しげな表情をしていたアヤメは、続けた。
「それ…トキドルのやつらは知ってんの?」
「あーそういえば、言ってないかも…」
リハも無く…ここの所僕は、彼らにちゃんと会えていなかった。
たま〜に、道端ですれ違う事はあったけど…
近所だから…
「サエさんには内緒にしてって言われてます」
「…」
「シルクには…個展見に行く事は話したけど…モデルやるってのは言って無いです…わざわざ報告するほどの事でも無いし…会ったときに言えばいいかなと」
「今日のリハや、レコーディングの事は言ってあるんだろ?」
「あ…はい」
僕は、若干バツが悪い感じで…彼から目を背けながら続けた。
「…それは言っとかないと…後でネチネチプンプンする人がいるから…」
「プッ…ふふっ…」
アヤメは肩を震わせて笑った。
「その…モデルの事も…言った方がいいと思うよ」
「…そう…ですか?」
「サエゾウはともかく…シルクにはね」
「…」
「ま、余計なお世話かもしれないけど…とにかく気を付けて、来週またよろしく」
「はい、ありがとうございます…お疲れ様でした」
そう言って、僕らは別れた。
僕はその足で、レンのアトリエへ向かった。
「おはようございます」
「あ、カオルおはようー」
「はい、今日の日当」
「ありがとうございます…」
レンは僕に封筒を渡した。
あれ以来、完全に日当先払い制度なのだ…
「ちょっと来てー」
そう言ってレンは…先に来ていた、ある人物とのところに僕を連れて行った。
「これがカオルー」
「…」
初めて見る顔だった。
金髪に近い髪の、服装も派手な…どれかというと、ハルトと雰囲気が似ているイケメンだった。
「こちら、俺の専門学校時代の先輩で、イラストレーターのマナミさん」
「…」
マナミと呼ばれた人物は、僕を見ると、パッと目を輝かせて立ち上がった。
「レンから噂を聞いて、今日君に会えるのを、とても楽しみにしてたんだ」
「…はあ」
そして彼は、勢いよく右手を差し出した。
僕は、若干後退りながら…その手をそっと握り返した。
彼は繋いだ僕の手に、もう片方の手を重ねて、ギュッとにぎりながら続けた。
「君のバンドのYouTubeも見させてもらった…本当に、創作意欲を掻き立てられたよ」
「…そうなんですね…あ、ありがとうございます」
YouTube見たって言われた時点で、うっかり良い人だと、思ってしまうのは…アマチュアミュージシャンの悲しい本能なんだろうな…
しかも、創作意欲を掻き立てられた…なんて言われたら、舞い上がってしまうのも致し方ない。
僕は、心からの笑顔で、そのマナミと呼ばれた人物に向かって、深々と頭を下げた。
「今度、僕のアトリエでのイベントにも、来てもらえないかな…?」
「えっ…」
僕は少し困ったような顔で、レンを振り向いた。
「僕からもお願いするよ…時間は長いけど、その分日当も高いし…どう?」
レンは、ニヤッと笑いながら言った。
「…そう…なんですか…」
「ま、ココより少し…無理を言われるかもしれないけどね…その分上乗せされると思うよ」
「…」
レンは、答えに詰まっている僕の耳元に近付くと…ヒソヒソ声で続けた。
「ここだけの話…ここに来る人達より、もっと金持ちが集まるイベントなんだ」
「…そう…なんですね」
「みんな羽振りが良いから…結構稼げると思うよ」
「…」
何回かやって、モデルの仕事の勝手も、そこそこ分かってきたような気がしていた僕は…またも目が眩んでしまった。
「…わかりました…都合が合えば、伺います」
「よかった…じゃあ追ってまた、連絡するね」
「はい…」
そしてその日も、それぞれが好きなアルコールを片手に、僕を囲んでのスケッチ大会が…ゆるく始まった。
先払いで日当は頂いていたし…しかもバンドの事を褒められた僕は、いつになく張り切って、シャキッとポーズを決めていた。
確かに少し肩は凝るけど、そんなに難しい事ではないし…見ている人の前でカッコつけるのは、ショウヤのおかげで慣れてるし…
何と言っても割が良い!
この調子で仕事が貰えるなら…このまま、こっちをメインのバイトにしてもいいのかもしれないな…
僕はそんな風にまで考えていた。
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