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あっちの2人の知り合い(1)
その日、カイが店番をやっている所へ、サエゾウが立ち寄った。
「おう…」
「あーもう疲れたー」
バイト帰りのサエゾウは…疲弊した様子で、カウンターにドッカリと座った。
「ふうー」
「お疲れ…」
カイはすぐに、ハイボールを出した。
「何かもうバイトばっかりでヤんなるー」
小さく乾杯しながら、彼は続けた。
「俺はミュージシャンなのにー」
「しょうがないよな、しがないアマチュアだから…」
「曲に没頭する暇も心の余裕も無いー」
「辞めちゃえば?」
「金も無いー」
「あはははっ…」
「サエ…久しぶり」
カウンターの端っこの方に座っていた、とある人物が、そんなサエゾウに向かって声をかけた。
「…あれっ…もしかして…ユウマさん!?」
サエゾウは、その人物を見ると…目を丸くして立ち上がった。
「相変わらず元気そうだな…」
「うわー久しぶりー!!」
彼はその人物に駆け寄った。
「何?…よく来るんですか?」
「いや…めっちゃ久しぶり」
「ってか…俺がここ手伝うようになってから、初めてじゃないですか?」
「だよね…5〜6年振りかな…ビックリしたよ、カイに会えるとは思ってなかったから」
その…ユウマと呼ばれた人物は…カイとサエゾウの、高校時代の先輩だった。
当時は、一緒にバンドをやった事もあって、よくこの店を練習に利用していた事もあり…その日は、とても久しぶりに、寄ってくれたらしかった。
サエゾウは、彼の隣の席に移動した。
「ユウマさんは、今何やってるんですか?」
「んー今は普通に就職して…営業マン」
「えええー!?」
「勿体ないよな…」
カイが言った。
「うんうん、あんなにギター上手なのにー」
「しょうがねーよ…」
ユウマは、煙草に火を付けながら続けた。
「所詮ギターじゃ食っていけないんだもん」
「…」
サエゾウは、何も言い返せず…シュンとしてしまった。
「お前らはいーじゃん…YouTubeとか、めっちゃ登録者増えてんじゃん」
「えっ…見てくれてんですか?」
「見てるよ…すげー良いじゃん、PVとか…」
「やったーユウマさんに誉められたー」
サエゾウは、とても嬉しそうに、へへんと笑った。
「羨ましいわ」
「ユウマさんも…だいぶ前に、CD出したって、噂には聞きましたけど?」
カイが言った。
「一応ね…売れなかったけど」
「…」
「当時は今ほどYouTubeも普及して無かったしね…全然ダメだったわ」
「今からまたやればいいじゃないですかー」
サエゾウが、すぐに切り返した。
「いや…もういい」
「何で?」
「何かね…そういうの、疲れちゃった」
「…」
彼は…本当に辛そうな、遠い目をして続けた。
「追い込まれて曲作んなきゃならなかったり…難しいフレーズ、何度も練習したり…メンバーと一触即発になったり…」
「…」
「そんでも食えなくて…バイトばっかりしてさ…かと言って、音楽メインだから、バイトも長続きしないし…」
言いながら彼は、飲んでいた瓶ビールを、もう1本追加した。
「それ考えたら、今は気楽よ…仕事は大して面白くないけどさ、毎月安定した給料貰えるし…」
「…」
サエゾウは…またシュンとしてしまった。
「あ、いや…たまたま俺はそうだったってだけで…お前らの事は、すげー応援してるよ」
「…」
「脱落した俺らの分も…頑張って欲しいと思う…」
「…」
カイも…何となく黙ってしまった。
「あー何かゴメン…そんなつもりじゃ無かったんだ…」
そんな2人の様子を見て、ユウマは続けた。
「久しぶりにギター弾かせてもらってもいい?」
それを聞いたカイは、勢いよく言った。
「もちろんです!」
「俺も聞きたーい」
サエゾウも続けた。
その後、たまたま常連の…ベースが弾けるサラリーマンが来たので…ユウマとその人と、カイがドラムでセッションする事になった。
「また、カイのドラムに合わせられる日が来るなんてな」
「手加減してくださいよ」
「何なら出来ますか?」
ユウマは、ベースのサラリーマンに訊いた。
「スタンダードなハードロックなら、何とか…」
「おおーハードロックとか、めっちゃ久しぶりー」
ユウマは、ポロポロとギターを掻き鳴らしながら、目をキラキラと輝かせた。
「じゃあ、定番の…パープルとかいきますか?」
「いいですよ」
「サエー歌えるー?」
「はあー?」
「だいたいでいいからさ…」
「ニャニャニャーでいーのー?」
「いーよ…なんなら歌のメロディーをギターで弾いてくれてもいいよ」
「あ、そっちのがいいー」
そういう訳で、サエゾウも、ボーカル担当のギターを繋いだ。
「じゃあ…いってみますか」
「うん」
そして彼らは…誰もが知ってる、いわゆるハードロックの定番曲を、セッションしていった。
ユウマは、素晴らしく上手だった。
サエゾウの…ボーカルメロディーのギターも重なって…それはなかなかに、聞き応えのある演奏となった。
「ユウマさんのギターだ…」
サエゾウは、とても嬉しそうに呟いた。
「変わってないですねー」
「サエは上手くなったな…」
「ホントですか!?」
「ああ…」
ユウマは続けた。
「ま、とりあえず…歌にしとかなくて大正解だったな」
「…っ」
サエゾウは…何も言い返せなかった。
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