329 / 398
意外な2人
お客さんが全員ハケて…カウンターのグラスを片付けていると…店のドアがバタンと開いた。
カイは、顔を上げた。
「もう終わっちゃった?」
シルクだった。
「あー終わりだけど、どうぞ、いいよ」
「悪いねー」
「ちょっと待ってて…看板仕舞ってくる」
「ゆっくりでいいよ」
カイは、いったん店の外に出ていった。
その間にシルクは、カウンターに集められていたジョッキやグラスを、裏のキッチンのシンクに運んだ。
「あーサンキュー」
戻ってきたカイは、そう言ってカウンターの中に入ると、ハイボールを2つ作った。
「仕事帰り?」
「ああ…すげー面倒臭かった、時間かかっちゃった」
カイもカウンターに出てきて座った。
2人は静かに乾杯した。
「お疲れ様」
「今日は忙しかった?」
「まあまあかな…さっきまでサエも居たんだ」
「へえー」
「ホントにちょっと前に出てったんだけど…会わなかった?」
「うん」
「俺らの高校時代の先輩のギタリストが来てたんだ」
「へえー」
シルクは煙草に火を付けながら続けた。
「今でもやってる人?」
「いーや…CDまで出したのに、スパッと辞めてサラリーマンになってた」
「あははは、そうなんだ…」
「ギター触んのも久しぶりっつって…弾き倒していったわ」
「へえー…上手かった?」
「上手かったねー…全然衰えてなかったわ」
「そうなんだ…聞きたかったな」
そしてカイは、続けた。
「カオルとは…会ってんの?」
「…いや」
「連絡とかは?」
「いや…あれから全然してないな…あの、LIVEんときから」
「ふうーん…」
「何だよ」
「ちっとは連絡してやれよ」
「何でだよ」
「寂しがってんじゃないの?」
「だって…あれだろ…どうせ、あっちのユニットのレコーディングとかで、忙しくしてんじゃないの?」
「ふふっ…」
カイも、煙草に火を付けながら…含み笑うように続けた。
「全く…素直じゃないんだから」
「何だよ、お前だってそうだろ?」
「俺はそれでも…ちょっとはお前に遠慮してるんだけどな」
「余計な事考えないで、お前が連絡してやれよ」
「へえーいいんだー」
「ふん」
シルクは、ゴクゴクとハイボールを飲み干した。
「サエにも会ってないな…」
「相変わらずだったけどね」
「ひとりで帰しちゃったの?」
「あ、いや…その先輩と一緒に帰った」
「それって…大丈夫なの?」
「何が?」
「2人でどっか行っちゃったりしてんじゃないの?」
「…それは…無いと思うけど…」
カイは、思わず口籠もってしまった。
「その…先輩が、割と酔っ払っちゃって…サエが駅まで送るって言ってたから」
「駅じゃなくて、サエんちに行ってっかもよ」
「…」
カイは、うっかりしばらく黙ってしまったが…
ほどなく、ふふっと笑いながら言った。
「それはそれで…別にいいんじゃない?」
「ホントに?」
「俺には関係ない」
「サエが、そいつの事好きになっちゃってもいいの?」
「んーたぶん、それは無い」
「何で?」
「あいつは…カオルひと筋だからな」
「…」
「ま、言ったら…俺もだけどさ」
「…っ」
カイは、いったんカウンターの中に戻ると…おかわりハイボールを2つ作って、また出てきた。
座って、それをひと口飲んだカイは…空を見つめながら、呟くように言った。
「俺ら3人…いや、5人のうち…誰かひとりでも、カオルじゃない誰かを好きになった時点で…」
「…」
「トキドルは、終わるんじゃないかな…」
シルクも、おかわりハイボールに口を付けた。
「そーいうもんかね…」
「いやまあ…ただ曲を演奏するだけなら、いくらでも出来ると思うけどさ…」
「…」
「映像を出したり…カオルをイかせたりは、出来ないだろうね…」
「なるほど…」
「シキとか、アヤメさんとかの件で…肝心の、カオルの心がトキドルに在るってのは、重々分かった」
「カオル以外も…同じって事か」
「ああ…心がここに在る限りは、どこで何をしようが…それはトキドルのための経験値でしかないって事だな…」
カイは、ショウヤの言葉を借りてそう締めると…自己満足な様子で、再び煙草に火を付けた。
「それってさ…」
シルクが突っ込んだ。
「サエが、その先輩とどうにかなっちゃってるのを…自分に納得させるための…言い訳なんじゃないの?」
「ゲホッ…ゲホッ…」
カイは、図星を突かれたように…焦って咽せた。
「…うるせーよ…ゲホッ…」
「あはははっ…」
「いーからお前は、カオルをしっかりフォローしとけよ…あんまりシルくんに放っとかれると…それこそ心までアヤメに持ってかれる可能性…無きにしも非ずだからな…」
「…そうだな」
シルクは、ハイボールのジョッキをテーブルに置いて…続けた。
「ちなみに、俺らはどーなの?」
「は?」
「折角の2人っきりだけど…」
「…」
何でだろうな…
この2人って…どうにかなるっていう気が、あんまりしないのは、何でだろう???
「とりあえず…チューしてみる?」
「うん」
そして2人は…どちらからともなく、口付け合った。
「…」
「…」
口を離れた2人は…お互いの顔を見ながら続けた。
「何でだろうな…お前相手に、もっと攻めようって気には…ならないな…」
「ああ…かと言って、攻められたくも無いし…」
2人は…ふふっと笑った。
「チューだけで、腹いっぱいだ…」
「安上がりだな…」
ともだちにシェアしよう!