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夢のような空間(1)
決して、出足好調とは言い難かった。
まあ、そんな事はどうでもよかった。
オープンした、その…トキドルの写真に囲まれた空間で…ショウヤは、ただただ…幸せを噛み締めるのだった。
それでも、まさにショウヤの狙い通り…スタジオを利用したお客さんが、スタッフに勧められて、何組もやってきた。
大概は、元々そっち系の人ばかりなもんだから…それはそれは反応が良かった。
既にいくつか決まっているLIVE情報や、YouTubeの詳細などを、根掘り葉掘り聞いていくお客さんも少なくなかった。
もちろん、トキドルファンの皆も来てくれた。
その日は…いつも早くから来ている女子3人組が、その会場を訪れた。
彼女たちは、ショウヤに向かって…少し緊張した様子で言った。
「いつも…写真撮ってる方ですよね…」
「あ、はい…」
ショウヤも緊張していた。
「すごく楽しみにしてました」
「あ…ありがとうございます…ゆっくり観てってください」
「あの…写真撮ってもいいんですか?」
「大丈夫です、いっぱい撮ってってください」
「ホントですか!…ありがとうございます」
「やったー」
「…」
彼女たちは、目を輝かせながら…その楽しい空間へと散っていった。
「うわーすごいっ…」
「これって、あの時のLIVEだよね…」
「PVシリーズ…ヤバっ」
「えーヤバっ…バーベキューとかやってるー」
「カイさんが焼いてるー」
「えーっ…この人形、めっちゃ可愛い!」
「え、これ売ってんの?」
「やばい…めっちゃ欲しい…」
「この衣装…すごくない?」
「てか、真夜庭のシルくん見てー」
「あはははっ…再現率高過ぎでしょっ…」
「…」
そんな感じで、思惑通りに楽しんでくれている声を聞いて…ショウヤは自己満足に浸りながら、ひとりでニヤニヤしていた。
あの子達なら…人形売ってもいいな…
人形にスマホを向けて、何度もシャッターを押している彼女たちの後ろ姿を見ながら、ショウヤは思った。
会場内を隈無く巡って、写真もいっぱい撮って…そして語り倒した彼女たちは…最後にまた、ショウヤの元にやってきた。
「すごく素敵でした!」
「PV撮影の裏側が見れてよかったです」
「LIVEの写真も迫力があって、自分じゃ全然あんな風に撮れないです…」
彼女たちは、捲し立てるように、称賛の言葉を述べた。
「ありがとうございます…来週いっぱいやってるので…よかったら、また来てください」
「はい、絶対もう1回来ます!」
「あの…あと…あの人形なんですけど…」
「はい」
「もう…売約済ですか?」
「…」
ショウヤは慎重に、言葉を選んで言った。
「他にも欲しいって言ってくれる人がいるので…終わってからの抽選になります」
「あーやっぱり…」
「こちらの用紙に、ご希望の人形と、連絡先を書いておいてもらえますか?」
そう言ってショウヤは、注文用紙を彼女達に渡した。
3人は、早速その用紙に記入してショウヤに返した。
「ちなみに、あの人形の衣装は…どなたが作ったんですか?」
お、来たなー
「いつもトキドルの、衣装やメイクを担当してくれてる人です」
「あ、いつもLIVEに来てる方ですよね?」
「大概…一緒にいらっしゃいますよね?」
「そうです…」
そしてショウヤは、ふと思い立って言った。
「ボクらの神様のPVって見ました?」
「もちろん!」
「あっ…!」
と、その中のひとりが…ハッと気付いたように言った。
「神様だけ…メンバーじゃない2人が出てくるんですよね…それって、もしかして…」
「…」
ショウヤは、ニヤッと笑った。
「ええーそうだったんだー!!」
「うんうん、確かに…エキストラの人がいるなーって思ってた」
「えー私、気付かなかった…」
「あと…この会場も、よく見てみてください」
「…!!!」
「あっ…マジで?…もしかしてロケ地ですか!?」
「ヤバっ…」
3人は更に興奮して、テンション上がりまくっていた。
「ありがとうございました」
ようやく落ち着いた彼女たちを…ショウヤはエレベーターまで見送った。
「こちらこそ…貴重なお話、ありがとうございました」
「家帰って、YouTubeじっくり見倒します!」
「すごく楽しかったです」
そう言いながら、3人は、エレベーターに乗っていった。
僕も…楽しかったな…
女子なんかと喋って、楽しいって思ったのは初めてだ。
「…」
そして彼は、彼女たちが書いた用紙を手に取ると…どの誰の人形が欲しいのか、見てみた。
『宵待ちのカオルさんと、ボクらの神様のサエ様』
『Dead Endingのカイさんとシルクさん』
『真夜中の庭のカオルさんとシルクさん』
「おおー!分かってるなぁー」
ショウヤは思わず声に出してしまった。
彼女たちは、本当にトキドルが好きなんだな…
いつも早くから来てるし、写真集もいちばんに買ってくれたし…
かと言って…LIVE終わった後に、しつこくメンバーに絡む事もしないし…
彼女達なら…
あの人形を、とても大切にしてくれるだろう。
ショウヤは、ふふっと微笑んで目を伏せた。
そしてまたすぐに…ちょっと顔を歪めた。
あーでもなあ…
まさに…僕が欲しいヤツばっかりなんだよな…
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