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高額なバイトのあと(1)
「カオル、おいカオル…大丈夫?」
ソファーから転げ落ちて…それでも目を覚さない僕を、マナミは優しく揺り起こした。
「…う…ん」
彼は僕の身体を抱き上げると、再びソファーに横たえた。
「お疲れ様だったね…身体の調子はどう?」
「…あんまり…良くない…です」
「カオルの都合が大丈夫なら、いくらでもゆっくり休んでってくれて構わないからね」
「…はい」
マナミは、僕の着替えとカバンを持ってくると、ソファーの前のテーブルに置いた。
「あとこれね…昨日の稼ぎ」
「…!!」
彼が差し出した、大判の茶封筒を見て…僕の背筋に、戦慄のようなものが走った。
震える手でそれを受け取った僕は、身体を横に向けて…その中身を見てみた。
「…!!!」
そこには…軽く10枚は超えた1万円札が、無造作に突っ込まれていた。
「ここまで集める子は、なかなかいないよ」
マナミは、特に気にする様子もなく続けた。
「よかったら、またやらない?」
「…」
「実は…ごめんね、今回は初めてだから…様子を見せてもらうために、ちょっと薬を使わせてもらったんだ」
「…っ」
そうか…
あの異常な身体の火照りは…その薬のせいだったのか
「でもカオルだったら、そんなの無くても十分イケるのが分かったから…次回からは使わないし、ホントにイヤだったら途中で止めても構わないからさ」
「…」
「ちょっと脱ぐだけでも、カオルならお客さんも満足するだろうからね」
「…」
僕は…答えられなかった。
手を伸ばして、その封筒をカバンの横に置くと…僕は大きく溜息をついた。
「ま、元気になってから…ゆっくり考えてよ…」
そう言ってマナミは、僕のそばを離れた。
「…」
しばらくボーッとしていた僕は、ようやく身体を起こすと、カバンからスマホを取り出した。
トキドルLINEに、バッジが付いているのをみて…僕はそのページを開いた。
ショウヤ個展への誘いが入っていた。
「…」
そっか…サエさんとカイさん、行ったんだ…
そのあとに「出張中」の返信が続いていた
「!!!」
それを読んだ途端…
僕の目からは、堰を切ったように…ポロポロと涙が溢れ出してしまった。
「……っ…」
僕はそのまま泣き崩れた。
「…ぅ…ううっ…」
「カオル!?」
気付いて慌てたマナミが、僕のそばに駆け寄った。
「どうしたの…そんなに、辛かったの?」
「…ううっ…」
「レンから…あの子はバンドのメンバーともヤってるから平気って言われてたから、大丈夫かと思ってたんだけど…」
「…っ…うっ…」
「辛かったんなら…ごめんね?」
「…」
僕は小さく首を横に振った。
「…大丈夫…です…」
大丈夫と言いながらも…僕の状況は、一向に良くなる兆しが見えなかった。
たまに溢れる涙を拭いながら…僕はいつまでも、ソファーにぐったりと横たわっていた。
辺りがまた暗くなり始めた。
さすがに心配になったマナミが提案した。
「…誰かに迎えに来てもらった方がいいかな?」
「…」
「レンに頼むか」
「あ、いいえ…」
これ以上、ここに居座るワケにもいかないと思った僕は…再びスマホを手に取った。
誰かに…
誰に?
頭の中には、1人しか浮かばなかった。
僕は、震える手で…シルクのページを開いた。
シルク…ごめんなさい…
僕は、溢れ出る思いを…ただただ正直に打った。
シルクごめんなさい
ごめんなさいごめんなさい…
お願い迎えにきてもらえませんか?
僕はそれを…送信した。
「…」
まだ出張から帰ってないかもしれない…
帰ってきたとしても、仕事が忙しいに違いない
それでも僕は、そうせずには…いられなかった。
そして僕は…また、なかなか既読のつかない画面を睨み付けたまま…再びパタンとソファーに倒れ込んだ。
「これ、ここの住所だからさ…」
そう言ってマナミが、小さい名刺を差し出した。
「写真撮って送ったらいいと思う」
「…ありがとう…ございます…」
僕は彼に言われた通り…その名刺の画像を、メッセージの後に貼り付けた。
ごめんなさい…シルク…
そして僕はまた…毛布を頭からかぶった。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか…
また寝落ちていた僕の手の中のスマホが、大きく振動した。
シルクからの着信だった。
ハッと気付いて、僕は急いで応答ボタンを押した。
「何やってんだ、お前!!?」
電話の向こうで、シルクが怒鳴るように言った。
「…ごめんなさい」
「そこで何があった?」
「…ごめん…なさい…」
僕はまた、泣き崩れた。
「はあー」
シルクの大きな溜息が聞こえた。
「すぐ向かう」
「…」
ブチッと切れた様子からも、シルクが怒っているであろう事は明らかだった。
その様子を聞いて、マナミが訊いた。
「…誰か、来てくれるって?」
「…あ、はい」
「よかった…着替え、ひとりで出来る?」
「…あ、はい」
僕はゆっくりと身体を起こした。
完全にはだけた浴衣を脱ぎ捨てて…僕は来たときの服を着直すと…バタッとソファーに座った。
再びスマホを開けると…
シルクからのLINEが入っていた。
5時間待って
「……」
やばっ…
もしかして、北海道から来るんだったりして…
僕は、スマホをポイッとカバンにしまった。
少しだけ、ふふっと笑いながら…僕はまた、ソファーに横になって、目を閉じた。
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