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高額なバイトのあと(2)

出張先の札幌で… シルクはちょうど、仕事を終えた所だった。 意外にさっさと片付いてよかった。 その辺の地元の飲み屋で一杯やってから、ホテルでゆっくりする予定だった。 現場を後にして… ようやく彼はスマホを開けた。 そして、僕からのLINEを目にしてしまったのだ… 僕との通話を終えたシルクは… とりあえずいったんホテルに戻って荷物を纏めると、もう1泊の予定をキャンセルして、急いでタクシーで空港へ向かった。 そして、タクシーの中から…僕にLINEを送った。 幸い、すぐの便に空席があった。 手続きを終えて…彼は、悶々としながら、ロビーに座って搭乗を待った。 あの感じだと… また誰か知らないヤツと、やらかしたんだろうな… 全く…何やってんだ…あいつは 「…」 いや… 何やってんだ…俺… シルクはふっと表情を緩めた。 俺は出張中だから、カイかサエに頼んでって… そう言ったら…それで済んだのにな 搭乗案内のアナウンスが流れた。 「…全く」 ふふっと笑いながら…彼は、立ち上がると… 落ち着いた足取りで搭乗口へ向かった。 そして…ほぼ5時間後… ようやくシルクは、マナミのマンションの前に着いた。 何だってこんな所に…? シルクは、聳え立つ高級マンションを見上げて…釈然としない思いに駆られながらも…エレベーターに乗って、彼の部屋を目指した。 「わおー…悪いのに爽やかなベースの人だ!」 「……」 これっぽっちも事情が飲み込めないシルクは…訝しげな表情で、マナミを見た。 「あ、ごめんごめん…どうぞ、とりあえず入って…カオル、まだ寝てるから」  誰だこいつ? こいつが相手なのか…? 疑いの眼差しで、マナミの背中を睨み付けながら…シルクは玄関の中に入った。 「…失礼します」 マナミは、シルクを、例のだだっ広いリビングに案内すると…隣の部屋のドアを開けながら言った。 「自己紹介が遅れたね…俺はマナミ、イラストレーターをやってる」 シルクが、自分の事を言おうとすると、彼はそれを遮るように続けた。 「君の事は知ってるから大丈夫」 「…」 「レンを知ってる?」 「…」 えーと…確か… 例のサエの知り合いだかなんだかだったよな シルクは記憶を手繰り寄せて…頷いた。 「彼の紹介でね、カオルにモデルのバイトをやってもらったんだ」 「…っ」 「でもとにかく、カオル…あんなだろ?…なもんだから、ちょっとお客さん達がヒートアップしちゃってさ…」 「…」 「ま、詳しくは、本人から聞いた方がいいでしょ」 「…」 「ちなみに俺はヤってないよ…でも主催者だから、責任は俺にあるんだけどね…イベント的には、おかげさまで大盛況だったよ」 「…」 「じゃ、俺はこっちに居るから…出るとき声掛けて」 そう言ってマナミは、そっちの部屋に入ると…バタンとドアを閉めた。 「…」 あれでも一応は…気を遣ってくれてんのか… 思いながら…シルクは、リビングの中を進んで…僕が寝ているソファーに近付いていった。 既に夜も更けていた。 窓の外には、美しい夜景が広がっていた。 シルクは、僕の横にしゃがみ込むと…僕の肩を、そっと揺らしながら、声をかけた。 「カオル…おい、カオル…」 「…う…ん」 僕はゆっくり…目を開けた。 「…!!!」 目の前の…心配そうなシルクの顔が目に入った途端…僕の目からは、また…涙がポロポロと溢れた。 「…ごめん…なさい…」   「はあーー」 そんな僕を見下ろして… シルクは、一段と大きな溜息をつきながら言った。 「何があったのか知んないけど…どーせまた、大幅に経験値を上げちゃったんだろ?」 「……っ」 シルクが、そんな言い方をしてくれたのを聞いて…僕は更に泣き崩れた。 「…ううっ…うっ…」 「全く…バカだなーもう…」 彼は笑いながら…僕の頭をそっと撫でた。 「シルク…っ」 僕は、力無く両手を伸ばして…必死に彼に抱きついた。 「…ごめんなさい…ごめん…なさい…」 「…」 シルクは、力強く…僕を抱きしめながら続けた。 「…遅くなって…悪かったな」 「…っ…」 僕はいつまでも…彼の腕の中で泣き続けた。 ようやく少し落ち着いて…僕は、ヨロヨロとソファーから立ち上がった。 「痛っ…」 数歩進んだところで、ガクッとよろめいてしまった僕を…シルクは慌てて支えた。 「どんだけヤったんだよ…」 「…っ」 「しょうがない…タクシーで帰るか」 「ごめん…」 「悪いけどウチに向かっていい?…ちょっと仕事の残りがあるからさ…」 「もしかして…ホントに北海道から来たの!?」 「ああ…」 「…本当に…ごめんなさい」 「いや別に…早く戻るに越した事はないからな…」 「…」 シルクが、そんな風に言ってくれる事が… 僕は申し訳なく…そして、嬉しくてたまらなかった。 そして、僕を支えながらリビングを出たシルクは、隣のドアをノックした。 すぐにマナミが出てきた。 「すいません…お世話になりました…」 僕の代わりに、シルクがそう言った。 「こちらこそ、面倒かけて申し訳なかったね…っていうか、今度よかったら…ベースくんも一緒に来て欲しいな」 「はあ!?」 「それだったらカオルも、安心安全でしょ」 「……」 「まあ、ゆっくり考えてよ…気をつけてね」 「…失礼します」 悪びれもなく…マナミは、笑顔で手を振って、僕らを見送った。 「…」 シルクは黙って、僕を支えながら進んだ。 そして僕らは、エレベーターに乗った。 僕は…少しビクビクしながら…不気味なほどに黙り込んでいる彼の横顔を、チラッと見上げた。 彼は、前を向いたまま…静かに言い放った。 「帰ったら…ゆーーっくり説明してもらうわ」 「……はい」 僕は、それ以上何も言えなかった。

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