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高額なバイトのあと(3)

そして僕らは…そのままタクシーで地元を目指した。 小1時間は走っただろうか…車はようやく、見慣れた街並みに差し掛かかった。 僕は、ハッと思って…彼に言った。 「タクシー代は…僕が出すね…」 言いながら僕は、カバンの中の…例の茶封筒からからゴソゴソと…1万円札を取り出した。 「…!!」 その…中身の札束が、チラッと目に入ってしまったシルクは…うっかり「要らない」と、言いそびれてしまうほどに…驚愕してしまった。 「この辺で…止めてください…」 言いながら僕はすぐに、その1万円札を、ドライバーに手渡した。 「…そんなに貰ったんか」 「…あ…うん」 呆然としながらもシルクは、お釣りを受け取った僕を…また、しっかり支えながら車を降りた。 そして僕らは…シルクの家に着いた。 とりあえず彼は、僕を椅子に座らせると…何よりも先ず、布団を敷いてくれた。 「色々片付ける事があるから…寝てて」 「…うん、ありがとう…」 僕が横になるのを手伝ってから…シルクは、バタバタと…自分の荷物を整理し始めた。 改めてよく見ると…シルクは、作業着を着ていた。 あー本当に、仕事から直行してきてくれたんだな… しみじみそう思って… 僕は、たまらない気持ちで…布団を頭からかぶった。 ほどなく、着替える音がして、作業着が洗濯機に放り込まれる音がして…洗濯機のピピッという音が聞こえた。 またバタバタと戻ってきた彼は、PCの前にどっかりと座ると…カタカタとキーボードを打ち始めた。 その音を心地良く聞きながら…移動の疲れもあって、僕はまた、ウトウトとしてしまった。 ハッと目が覚めると…隣に寝転がったシルクが、頬杖をついて、僕を見下ろしていた。 「…」 少し…お酒の匂いがした。 「…腹は減ってない?」 「…あんまり…」 たぶん、絶対にペコペコな筈だった。 それでも僕は、胸がいっぱいで…何か食べたいとは、これっぽっちも感じなかった。 「ちょっとは落ち着いた?」 「うん」 それを聞くと、シルクはドサッと仰向けに倒れた。 そして、目を閉じながら…続けた。 「じゃあ、ゆっくり最初から…全部説明して」 「…っ」 観念した僕は…事の次第を、語り始めた。 レンに誘われて、モデルのバイトを始めた事… 光鬱のCDジャケット用の絵を描いてもらった事… そしてマナミを紹介されて…彼の主催するイベントに誘われた事… 「シルクが…一緒にショウヤの個展に行くって言ってくれたら…断るつもりだったんだ…」 言い訳のように、僕は付け足した。 「んなもん…カイかサエに誘われたって言えば、簡単に断れただろ?」 「…ん、まあ…そうなんだけど…」 それから僕は…その、イベントでの様子も話した。 薬を飲まされた事も… 「…」 シルクは、険しい表情で、黙り込んでしまった。 「でもね、マナミさん…僕らのYouTubeを、すごくよく観てくれてるんだ…僕らの絵も描いてくれてて…それが、とても素敵だったんだ…」 「…」 「シルクの事も…すごく綺麗に描いてくれてた…」 「……」 「だからね、今度シルクも一緒にって言うのは…きっとマナミさんの、素直な気持ちだと思うんだ」 「…はあー」 シルクは、大きな溜息をつくと…ようやく目を開けて、睨むように僕を見た。 「全く…お前はホントに、騙されやすいよな…」 「…っ」 「確かに、褒められたり、認められたりするのが嬉しいってのは分かるけど…だからって、良いヤツとは限んないだろ?」 「…」 「実際…薬飲まして…強姦させたんだろ?」 「…っ」 そんな身も蓋もない言い方やめてー その通りだけど… 「俺は許さない」 「…」 「お前が自分の意思でヤらせたんならともかく…薬飲ましたってのが…俺は気に食わない」 「…」 そうか… そうだよな… 「ま、それでも…お前がどーーしても、また行きたいって言うんなら…俺は止めないけどね…いい金になるみたいだし」 「…」 「しかも間違いなく…お前の経験値になる…」 言いながらシルクは… 諦めたような表情で、再び目を閉じた。 その時だった… 「…っ」 僕の頭に…ある旋律が、流れてきた。 「……」 僕は、バサッと起き上がった。 「…?」 そして、壁際に置いてあったカバンに手を伸ばして、自分の方へ引っ張ると…中からスマホを取り出した。 「…」 それから僕は…夢中になって…頭に浮かんでくる歌詞を、ひたすらにメモしていった。 そんな僕の様子を見て… シルクは、ふふっと笑いながら布団から出ると、立ち上がってキッチンに行った。 飲みかけのウイスキーをシュッと飲み終えると…彼はすぐにおかわりを注いだ。 ピーッ ピーッ… 洗濯機の音が鳴った。   シルクは、おかわりも半分一気に飲み干すと…すごすごと、洗濯物を取り出しに行った。 夢中になってしまった僕には…そんな彼の行動が、全く目にも耳にも入らなかった。 そんな僕を横目に、寂しく洗濯物を干しながら… シルクもまた、頭の中にぼんやりと…曲が湧き出てくるのを感じていたのだった。

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