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個展に行く(1)
翌日…昼過ぎになって、僕はようやく起き上がった。
どうにか立って、自力で歩けるようになった。
やっぱりシルクの治療が良かったのかな…
そんな事を思って、クスッと笑いながら…僕はベランダの窓を開けて、煙草に火をつけた。
シルクも起きてきた。
僕の隣で煙草を吸いながら、彼は言った。
「出かけられそう?」
「うん…たぶん大丈夫…」
「腹は…減ってない?」
「…ん、少し減ってる…」
シルクは煙を吐きながら…少し考えて、続けた。
「途中で軽く食べていくか…」
「うん、そうしよう…」
支度をして…僕らはシルクの部屋を出た。
いい天気だった。
僕らは、散歩気分でのんびり歩いていった。
途中…例の宵待ちの公園に差し掛かった辺りで、シルクが言った。
「天気も良いし、ここで食べるか…」
「うん!そうしよう」
そんなワケで僕らは、公園のすぐ近くのコンビニで、それぞれ好きな物を買った。
そして、公園の中のベンチに、並んで座った。
「…椅子が硬くて、痛いんじゃないの?」
「…っ…大丈夫だよ」
僕は顔を赤くしながら、買ってきたサンドイッチを開けて、モグモグと食べ始めた。
シルクは、何かすごいおにぎりを食べていた。
「それ…何味?」
「エビドリアおにぎり」
「そんなのあるんだー」
「ちょっと食べる?」
「うん」
僕は、彼の手に持ったおにぎりを、ひと口齧った。
「美味しい…確かにエビドリアっぽい」
「サンド1つちょうだい」
「…卵とツナどっちがいい?」
「お前が要らない方」
「うーん…じゃあ、どっちも半分ずつでもいい?」
「いーよ」
そんな感じで、若干イチャイチャしながらの…外で食べる食事は、とても気持ちがよかった。
何なら…お弁当を作ってくればよかったな…
「…また、ピクニックしたいね」
「あー…そうだな」
そんな、シルクと2人の時間は…あの狂宴の記憶を、着実に上書きしていった。
心地良い風に吹かれながら…僕は、あのときみた夢の中で、ハルトに言われた言葉を思い出した。
(お前は、その罪悪感を克服できやしない…)
「…」
僕は無意識に、片手をギュッと握りしめた。
罪悪感はあった。
もちろん、それ以上の傷心もあった。
「…どうした?」
僕が黙ってしまったのを見て…シルクは少し心配そうに言った。
「う、ううん…何でもない」
僕は慌てて首を横に振ると…握った拳を、自分の胸にあてた。
それでも僕はこうして笑っていられる…
全てを知っても…シルクはいつも通り、僕と一緒にいてくれている…
「…」
あんな事はどうでもいい…
たぶんこの先何があっても…僕がトキドルのボーカル玩具である事に、何の揺らぎもない!
僕は、自分でも不思議なくらい穏やかな気持ちで…微笑みながら、公園の木々を見上げた。
木漏れ日が眩しかった。
「…っ」
そんな僕の横顔を見て、シルクは目を見張った。
(…こ、これが…噂の、銀色か…!)
シルク大好きでもなく…嗜虐に震えるでもなく…快感に突き上げられる瞬間とも違う
まるで木漏れ日を後光のように従えた…聖人のように穏やかな表情の僕は…こんなに近くにいるのに、触れる事さえ躊躇われるほどの、神聖なオーラを放っているように、彼の目には映っていた。
「…」
「…どうしたの?」
黙ってしまったシルクを見て…今度は僕の方が心配になってしまった。
シルクは大きく溜息をつきながら言った。
「…お前は、どこまで進化していくんだろうな」
「えっ…?」
「うかうかしてたら、ホントに置いてかれそうだ」
「何…何の話?」
シルクは、ふふっと笑いながら…ようやく僕の肩に、少し震える手を置いた。
「そろそろ…行くか」
「…?…うん」
そして僕らは、気持ちも新たに…公園を後にして、ショウヤの個展の会場に向かった。
「あーっ…カオルさん、シルクさん!」
僕らを見付けて、ショウヤは大喜びで駆け寄ってきた。
「来るの遅くなって…すいませんでした」
「いいえ、全然…ありがとうございます…シルクさんも、出張お疲れ様でした」
「すごいな…本格的だな…入りはどうなの?」
「ボチボチです…どうぞゆっくり見てってください」
ゆっくりって言われてもな…
ゆっくり平静な気持ちなんかで見れるんだろうか…
少しドキドキしながら、僕らはその…自分たちの写真がいっぱい展示された空間に、散っていった。
あーやっぱり…
相当恥ずかしい写真がいっぱいだ…
「…」
顔を赤くしながら、順番に見進める僕の後ろ姿を見ながら、ショウヤはシルクに近付いて、小さい声で訊いた。
「カオルさん…何か、あったんですか?」
「…そんなのも分かんのか、お前」
「…どうしたんですか?」
シルクは、ふっと笑いながら答えた。
「…本人に聞いて」
「…」
そんな彼らの会話に気付かず…僕は顔を赤くしながら、展示された写真を見ていた。
本当に、恥ずかしい写真がいっぱいだった…
ライブで、まさにイっちゃったときのとか…
顔のアップだから分かんないだろうけど…どっかを弄られてるヤツとか…まさに挿れられてる最中のヤツとか…
「……」
僕はいつの間にか…
自分の身体が、勝手に熱くなっていくのを感じた。
それらの写真が僕の身体に…そのときの感触を、じわじわと思い出させてしまったのだ…
「…っ」
まるで、いつもメンバーに演奏で愛撫されるように…僕はその、ショウヤの写真の数々から、愛撫されるような感覚に陥ってしまった。
「ん、どうした?」
小さく身体を震わせる僕を見て、シルクが訊いた。
「……っ」
僕は、息を上げながら…彼を見上げた。
「えっ…あっ…あー、そうか…!」
シルクは僕の様子を見ると…目を丸くして、納得したように言った。
「…どうしたんですか?」
その声に驚いたショウヤが、近寄ってきた。
シルクはニヤッと笑いながら、僕に言った。
「ご本人に処理してもらうんだな」
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