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月光
「…」
いつものように、動かなくなった僕の身体を拭いてから…シルクは、片肘を立てて横に寝転んで、僕を見下ろしていた。
(さっさと帰って、曲も仕上げたかっただろうに…またズルズル引き止めちゃったな…)
何だかんだ言いつつ…僕に居残る選択をさせるよう、さりげなく誘導してるっていう自覚はあるようだ。
(しかも上書きしちゃった…)
「はぁ…」
シルクは溜息をつきながら…僕が、あのマナミのマンションで、複数の相手に無理矢理犯されたであろう状景を、頭の中に思い浮かべた。
そして…今日、あの公園で見た…銀色のカオルを思い出した。
(そんな酷い体験さえも…こいつは、自分の糧にして進化していくんだな…)
「…」
(俺は…)
本当に…自分は置いていかれるかもしれない…
そこはかとない敗北感ともつかない不安と焦りが、彼の中に湧き上がった。
「…」
同時に、昨夜もほんのり浮かんだメロディーが、じわじわと頭の中に蘇ってきた。
シルクは、僕を起こさないように、そっと布団から出ていくと…再びPCの電源を入れた。
◇
色々と疲れもあってか…僕はそのまま、朝までグッスリ眠ってしまった。
目が覚めると…
隣でシルクが、スースーと寝ていた。
僕はゴソゴソと…彼に身体を擦り寄せた。
それでも彼は、全く目を覚ます兆しが無かった。
「…?」
ふと僕は…
とても小さな音で、何か曲が流れている事に気付いた。
「…」
付けっ放しで寝ちゃったのか?
でも…布団に入る前に、電源切ってたハズだけどな…
PCから流れてくるらしいその曲に…僕は耳を澄ませた。
「……っ」
とても微かではあったが…
僕の耳に、その曲から歌詞が聞こえてきたのだ。
僕は、シルクを起こさないように…そっと布団から這い出ると、PCの前に行った。
「…これは…」
打ち込みソフトの画面が出ていた。
そして、打ち込まれたであろう曲が、何度もリピート再生されていた。
あの後…夜中のうちに、作ったのかな…
そして僕は、少しだけ音量を上げて…
じっくりとその曲に聞き入った。
自然と溢れ出るように、歌詞とメロディーが浮かんだ…と言うか、聞こえた。
僕はすぐに、その曲の世界へと…入っていった。
それは、とても暗く悲しい曲だった。
まるで、愛する人と永遠に死に別れたような…
「……」
そこは…真夜中の暗い海辺だった。
僕はそこにひとり佇んで…
海に映った、揺れる月を見ていた。
月影を映す波間に 沈む夜は凍えて…
揺れる波が掻き消した 限りなく遠い光は
夢をみてた儚さを 今でも深く沈めて…
そのまま、曲と共に流れてくる歌詞を小さく口ずさみながら…いつの間にか僕は、ポロポロと涙を流していた。
「……っ」
シルクにとって…
僕はこんなにも、遠い存在なのか…
そんな寂しい気持ちを押し殺して…僕はそのままの勢いで、その曲の歌詞を、スマホのメモに書き落とした。
出来た…
「ふうー」
僕は、スマホをポイッと投げると…スヤスヤと寝ているシルクの隣に、再び潜り込んだ。
こんなに…近くにいるのに…
あんなに、力強く抱き合えるのに…
僕らが、心を寄せ合い共にする事が…
どうしてこんなに、難しいんだろう…
思いながら僕は、彼の首の下に自分の腕を差し込むと…力強く彼の頭を抱きしめた。
「…ん…」
さすがに気付いたシルクが、目を覚ました。
「…」
「…歌…出来たよ…」
僕は、すぐにそう言った。
「あー…ホント…」
若干ムニャムニャした様子でそう答えた彼は、すぐに両腕を僕の背中に回すと、ギュッと僕の身体を抱きしめた。
「真夜中の…海が見えた…」
「…」
僕は、囁くような声で続けた。
「…月の光が、波に映って揺れてた…」
「…」
「月光…で、合ってる?」
「……うん」
目を閉じたままシルクは、穏やかに微笑みながら…僕を抱きしめる腕に、一層の力を込めた。
僕は、彼の頭を抱き返しながら…言った。
「いつか…僕らがもっと歳をとって、もうバンドが出来なくなったとき…」
「…」
「シルクは…まだ、僕と一緒に…いてくれるかな」
それを聞いたシルクは、少し腕を緩めて、ゴソゴソと顔を上げると…目を開けて、僕の顔を見た。
「相当、おじいちゃんになってると思うけど…?」
僕は、彼の頬を撫でながら続けた。
「うん…シルクおじいちゃんと…一緒にいたい」
「…」
シルクは、また嬉しそうに微笑んで…僕の頬に自分の頬を擦り寄せた。
「お前もじいちゃんだな」
「うん」
「お互い…太ってハゲてるかもしれないな…」
「あはははっ…」
「それでもいいのか?」
「だって…中身はシルクでしょ」
「俺は分かんないぞ…太ってハゲたお前の面倒なんかみれないかもしれないな…」
「もうー…シルクの方が、先に要介護になるかもしれないじゃんー」
「ははっ…そうだな…」
そして僕らは…どちらからともなく、口付けた。
しばらくして、口を離れたシルクは…また眠そうに目を閉じてしまった。
僕もまた…
彼の頭を抱きしめながら、目を閉じた。
シルクが…半分寝言のように呟いた。
「早くお前が…太ってハゲたらいいのに…」
「…っ」
そんな彼の言葉に…
僕の目から…また、涙が溢れた。
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