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審判のあと(1)
とりあえず意識を保っていられた僕は、皆に身体を拭いてもらって、色々整えて…再び何とかテーブルについた。
シルクが、冷蔵庫からハイボール缶を出して、持ってきてくれた。
僕はそれを開けようとしたのだが…手が震えて、なかなか力が入らなかった。
「…」
それを見たシルクは、僕の手から缶を奪うように取ると…軽々とプシュッと開けて、また僕に手渡した。
「あ、ありがとう… 」
ゴクゴクとそれを飲んで、僕はひと息ついた。
「ふうー」
とりあえず、お仕置きは終わったな…
ようやく、そんなスッキリした気持ちで…僕は、残っている食べ物に、手を伸ばした。
「まだ食べんのか…」
「いっぱい消耗したからな」
「俺も食べるー」
それぞれ整えた3人様も、再び飲み始めた。
「言っとくけど、これで終わりじゃないからねー」
「…っ」
すっかり油断した僕に向かってサエゾウが言った。
「あとは個人的に…ちゃーんと、みっちり謝罪してもらうからー」
「……」
個人的にみっちりって、アレか…
また道具とか…
「カイにも謝んなきゃダメだよー」
「…」
僕は上目遣いで、チラッとカイを見た。
彼はニヤッと笑って頷いていた。
サエゾウは、シルクの方を見て続けた。
「シルくんはズルいからいーや」
「何でだよ」
「だってどーせ今日も居残りだろー」
「それは不可抗力だろ」
「不可抗力以上にヤってるくせにー」
「たまたまだよ」
「…」
たまたま…か
僕はそれを聞いて、心の中で小さく溜息をついた。
それから数時間…何事も無かったかのように、また先のLIVEの話なんかをしながらの、穏やかな飲み会が続いた。
だいぶ酔いも進んで、割と消耗していた僕は…彼らの会話を心地良く聞きながら…段々と眠くなってしまった。
バターン!
「…!?」
「えっ…」
気付くと…僕は床に転がっていた。
ウトウトして、うっかりそのまま、椅子から横に倒れ落ちてしまったらしい。
「カオルが落ちたー」
「だ、大丈夫か!?」
3人は慌てて椅子から立ち上がった。
シルクが、僕を抱き起そうとした。
「……」
自分では、何が起きたのか、全く分からなかった僕は…ボーッとしながら、シルクに手伝われて、むっくりと上半身を起こした。
「うわぁーーっ!」
サエゾウが叫び声を上げた。
「ち…血ーっ!」
「…え?」
言われて振り向いてみると…僕が転がっていた床に、そこそこの血溜まりが出来ていたのだ。
「ぶつけたか!?」
「頭か?」
シルクが抱えている横から、カイが僕の後頭部の髪を掻き上げた。
「ああ…傷になってる…結構血が出ちゃってるな…」
「…」
「その、角にぶつけたのか…」
「か、カオル…死んじゃう?」
サエゾウが、ヘナヘナとその場に、崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「バカ…こんなんで死ぬワケ無いだろ」
カイは、キッパリと言いながら…自分のスマホを取り出した。
「ほ、ホントに…?」
サエゾウは、今にも泣き出しそうになっていた。
「ああ…」
言いながらカイは、スマホをテキパキと開いて…近所の夜間診療をやっている病院を探し出すと…すぐに、そこに電話をかけた。
「サエ、ティッシュ取って」
「…う、うん」
言われてサエゾウは…震える手で、箱ティッシュをシルクに渡した。
シルクは、ティッシュを数枚を取ると…僕の頭の傷口にあてた。
「痛っ…」
そのとき僕は、初めて痛みを感じた。
白いティッシュが、みるみる赤く染まっていくのを見て…サエゾウはまた、ズルズルと崩れ落ちてしまった。
「とにかく病院だな…保険証はあるか?」
「…あ、はい…財布に入ってます」
「カイ、行ってくれる?」
シルクが言った。
カイは、とても意外そうな表情で答えた。
「お前じゃなくていいのか?」
「俺は、戻ったらすぐ寝れるように片付けておく…サエもみといてやんないといけないし…」
「…」
2人が振り向いた先で、完全に蒼白な表情で蹲ってしまったサエゾウは…むしろ僕よりも具合が悪そうに見えた。
「あーあー」
「頼むよ…行ってきて」
「…わかった…カオル、歩けそう?」
「うん」
自分で傷口が見えていないのが幸いして、僕は割とシャンとしていた。
そして僕は、カイに連れられて…
タクシーで病院に向かった。
「サエ…少し横になってろ」
「…」
シルクは床に座布団を敷いて、そこに頭が乗るように、サエゾウの身体を横にさせた。
「全く…やらしくて、ドSのくせに…こーいうときは、ホントに気が小っちゃいよな…」
「…だって、あんなに血が出て…カオル、ホントに死なない?」
「死なねーよ」
「ホントに?…絶対?」
「ああ…だからそんな、心配すんな」
「…」
言いながらシルクは、サエゾウの頭を撫でた。
サエゾウは…少しホッとした様子で…目を閉じた。
顔色もいくぶん良くなってきたようだった。
シルクは思った。
(あの程度の出血でこんなんなっちゃうんだったら…あの、鼻血の現場に立ち会ってたら、エラい事になってただろうな…)
ちょっとだけ、ふふっと笑いながら…シルクは立ち上がると、僕が座っていた椅子と…おそらく頭をぶつけたであろう場所を確認した。
それから…床の血溜まりに…そっと手を置いた。
その血のついた指先を…顔の近くに持ってきてシルクは、それをマジマジと見ていた。
(あいつの…血か…)
それから彼は…まるで取り憑かれたような表情で…その指についた血を、ペロッと舐めた。
「…シルくん、何やってんのー」
「…っ」
ハッと我に返ったシルクは…
慌てて、その床の血を拭きとった。
(何やってんだよな…俺…)
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