361 / 398

楽しい地元のイベント再び(2)

「よし、あとはメイクだ…」 ハルトは、またテキパキと…僕の顔を描いていった。 「今日は…ちゃんと男子にしよう」 「…」 「カラコンとか…入れてもいい?」 「はい…大丈夫です」 「うーん…もうちょっと青みを入れるかな…」 彼は、たまにブツブツ呟きながら… 顔をそこそこ描き上げると、今度は髪型を整えていった。 「こんな感じかな…」 ほどなくハルトは、出来上がった僕の顔を、満足そうに見つめながら言った。 「…鏡、見てきていいですか?」 「うん」 僕は立ち上がって…隣の部屋の姿見の前に行った。 「…!!」 うわあー また、違う誰!?になってる…! ここ最近の、いわゆる女装に近い雰囲気とは打って変わって…黒いシュッとした、いつものシルクに近いイメージだった。 地毛もカッコよくセットされていた。 カラコンも入れたので…美しく描かれたその顔は、まるで他所の国の美少年子爵のようだった。 自分で言うのも何だけど… 「すごく…ステキですね…」 「でしょ?」 ハルトが、僕の後ろに近寄ってくるのが鏡に映った。 「ハルトさん…流石です」 「…」 彼は、僕の横に立つと…僕の顎をそっと掴んで、自分の方に向けさせた。 「カオル…ホントに可愛いよね」 言いながら…彼は、スッと顔を近付けてきた。 「…っ…ん」 そのままハルトは、僕に口付けた。 「…んん…ん」 ゆっくり口を離れた彼は、ニヤッと笑いながら、囁くように言った。 「こんなお前が、歌いながらイっちゃってるの見たら…我慢できなくなりそう…」 「…っ」 「俺も…紙パンツにしとこうかな」 「ふふっ…」 それから僕らは、また… どちらからともなく、口付け合った。 「おっと…そろそろ行かないと!」 思い出したように、ハルトが言った。 僕もハッとして、時計を見た。 既に出演時間が迫っていた。 「あーヤバい」 「皆、心配してんだろうな…」 「片付けんの、戻ってからでいい?」 「はい」 そんな感じで、急いでバタバタと支度をして… 僕らは部屋を出て会場に向かった。 既に、トキドルのセッティングが始まっていた。 「あー…やっと来た」 ショウヤが駆け寄ってきた。 「ごめんね、時間かかっちゃった」 「うわあ…カオルさん…こんな風になったんですね」 いつもと違う僕の様相を見て、ショウヤは感嘆の声を上げた。 「皆、ビックリしますよ、きっと…」 「そうだな…むしろギリギリで良かったかもな」 ステージでは、セッティングを終えた彼らが…少し心配そうな表情で、こっちを見ていた。 それを見てハルトは、両手を大きく振り上げた。 「来たみたいだな…」 「じゃあ、始めちゃっていいか?」 「いっちゃえー」 そして、トキドルを紹介するMCからの、会場は暗転して…サエゾウは、勢いよく…Masqueradeのイントロを弾き始めた。 ほどなくドラムとベースが入り…会場はあっという間に、怪しげな仮面舞踏会の景色になった。 「いっておいで…カオル」 ハルトが僕の耳元で囁いた。 僕は小さく頷くと…颯爽とステージに向かった。 「…!」 「…っ」 僕の姿を見た3人様は…一瞬、ハッとしたような表情を見せた。 僕は構わずマイクを手に取ると、ニヤッと笑って客席を見下ろした。 そして力強く…歌い出した。 「今、シルクさん…間違えましたよね…」 ショウヤがハルトの耳元で言った。 「あははは、うん…」 「カオルさんが綺麗過ぎて…3人とも動揺しちゃってるみたいですよ」   「狙い通りだ」 そう言って、ニヤニヤと笑うハルトの横顔を見て…ショウヤはふふっと笑った。 「今日も良いLIVEになりそうですね…」 2曲が終わって…サエゾウが喋り始めた。 「カオルちゃん、今日どうしちゃったのー」 「いつもと違うよな」 「かわいいー」 「ヤバいー」 客席も湧いていた。 「可愛いよねー…ビックリして間違えそうになっちゃったよー」 「俺は間違えたけどな」 「あははは…」 客席からも笑いが起こった。 まあ、僕はと言えば… いつものごとく、息を上げながら下を向いていて…そんな彼らの突っ込みに、全く応える事が出来なかったのだが… 「じゃあ今日は、そんないつもと違うカオルちゃんの事も、楽しんで見てってねー」 そう言って、サエゾウは… ゆっくりと、ワルツのイントロを弾き始めた。 それまでおちゃらけていたのと別人のように…進化したサエゾウのギターが…会場に深々と響き渡っていった。 ゾクゾクと寒気が走り…僕はほどなく、身体が勝手に熱くなっていくのを感じた。 ゆっくり顔を上げると…そこにいる観客達が、ひとり残らず人形に変わっていくように見えた。 「…っ」 そして僕は…その人形たちに…あの夜、犯される僕を見るのと同じ目で凝視しているような錯覚に陥った。 そうして…囁くように、絞り出すように… 僕は、サエゾウのギターに乗せて歌い出した。 「…」 「……」 観客は静寂に包まれた。 ドラムとベースが入って…華やかな舞踏会の光景が広がっていくも…誰ひとりとして、その場を動く事が出来ない様子だった。 会場のスタッフさえも、立ちすくんでステージに魅入っていた。 曲が終わったあとも… 誰もが、拍手をする事さえ忘れていた。 「…凄かったですね…」 ショウヤが、茫然としながら呟いた。 ハルトは小さく頷いた。 「やっぱり俺も…紙パンツにするべきだった…」

ともだちにシェアしよう!