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楽しい地元のイベント再び(2)
「よし、あとはメイクだ…」
ハルトは、またテキパキと…僕の顔を描いていった。
「今日は…ちゃんと男子にしよう」
「…」
「カラコンとか…入れてもいい?」
「はい…大丈夫です」
「うーん…もうちょっと青みを入れるかな…」
彼は、たまにブツブツ呟きながら…
顔をそこそこ描き上げると、今度は髪型を整えていった。
「こんな感じかな…」
ほどなくハルトは、出来上がった僕の顔を、満足そうに見つめながら言った。
「…鏡、見てきていいですか?」
「うん」
僕は立ち上がって…隣の部屋の姿見の前に行った。
「…!!」
うわあー
また、違う誰!?になってる…!
ここ最近の、いわゆる女装に近い雰囲気とは打って変わって…黒いシュッとした、いつものシルクに近いイメージだった。
地毛もカッコよくセットされていた。
カラコンも入れたので…美しく描かれたその顔は、まるで他所の国の美少年子爵のようだった。
自分で言うのも何だけど…
「すごく…ステキですね…」
「でしょ?」
ハルトが、僕の後ろに近寄ってくるのが鏡に映った。
「ハルトさん…流石です」
「…」
彼は、僕の横に立つと…僕の顎をそっと掴んで、自分の方に向けさせた。
「カオル…ホントに可愛いよね」
言いながら…彼は、スッと顔を近付けてきた。
「…っ…ん」
そのままハルトは、僕に口付けた。
「…んん…ん」
ゆっくり口を離れた彼は、ニヤッと笑いながら、囁くように言った。
「こんなお前が、歌いながらイっちゃってるの見たら…我慢できなくなりそう…」
「…っ」
「俺も…紙パンツにしとこうかな」
「ふふっ…」
それから僕らは、また…
どちらからともなく、口付け合った。
「おっと…そろそろ行かないと!」
思い出したように、ハルトが言った。
僕もハッとして、時計を見た。
既に出演時間が迫っていた。
「あーヤバい」
「皆、心配してんだろうな…」
「片付けんの、戻ってからでいい?」
「はい」
そんな感じで、急いでバタバタと支度をして…
僕らは部屋を出て会場に向かった。
既に、トキドルのセッティングが始まっていた。
「あー…やっと来た」
ショウヤが駆け寄ってきた。
「ごめんね、時間かかっちゃった」
「うわあ…カオルさん…こんな風になったんですね」
いつもと違う僕の様相を見て、ショウヤは感嘆の声を上げた。
「皆、ビックリしますよ、きっと…」
「そうだな…むしろギリギリで良かったかもな」
ステージでは、セッティングを終えた彼らが…少し心配そうな表情で、こっちを見ていた。
それを見てハルトは、両手を大きく振り上げた。
「来たみたいだな…」
「じゃあ、始めちゃっていいか?」
「いっちゃえー」
そして、トキドルを紹介するMCからの、会場は暗転して…サエゾウは、勢いよく…Masqueradeのイントロを弾き始めた。
ほどなくドラムとベースが入り…会場はあっという間に、怪しげな仮面舞踏会の景色になった。
「いっておいで…カオル」
ハルトが僕の耳元で囁いた。
僕は小さく頷くと…颯爽とステージに向かった。
「…!」
「…っ」
僕の姿を見た3人様は…一瞬、ハッとしたような表情を見せた。
僕は構わずマイクを手に取ると、ニヤッと笑って客席を見下ろした。
そして力強く…歌い出した。
「今、シルクさん…間違えましたよね…」
ショウヤがハルトの耳元で言った。
「あははは、うん…」
「カオルさんが綺麗過ぎて…3人とも動揺しちゃってるみたいですよ」
「狙い通りだ」
そう言って、ニヤニヤと笑うハルトの横顔を見て…ショウヤはふふっと笑った。
「今日も良いLIVEになりそうですね…」
2曲が終わって…サエゾウが喋り始めた。
「カオルちゃん、今日どうしちゃったのー」
「いつもと違うよな」
「かわいいー」
「ヤバいー」
客席も湧いていた。
「可愛いよねー…ビックリして間違えそうになっちゃったよー」
「俺は間違えたけどな」
「あははは…」
客席からも笑いが起こった。
まあ、僕はと言えば…
いつものごとく、息を上げながら下を向いていて…そんな彼らの突っ込みに、全く応える事が出来なかったのだが…
「じゃあ今日は、そんないつもと違うカオルちゃんの事も、楽しんで見てってねー」
そう言って、サエゾウは…
ゆっくりと、ワルツのイントロを弾き始めた。
それまでおちゃらけていたのと別人のように…進化したサエゾウのギターが…会場に深々と響き渡っていった。
ゾクゾクと寒気が走り…僕はほどなく、身体が勝手に熱くなっていくのを感じた。
ゆっくり顔を上げると…そこにいる観客達が、ひとり残らず人形に変わっていくように見えた。
「…っ」
そして僕は…その人形たちに…あの夜、犯される僕を見るのと同じ目で凝視しているような錯覚に陥った。
そうして…囁くように、絞り出すように…
僕は、サエゾウのギターに乗せて歌い出した。
「…」
「……」
観客は静寂に包まれた。
ドラムとベースが入って…華やかな舞踏会の光景が広がっていくも…誰ひとりとして、その場を動く事が出来ない様子だった。
会場のスタッフさえも、立ちすくんでステージに魅入っていた。
曲が終わったあとも…
誰もが、拍手をする事さえ忘れていた。
「…凄かったですね…」
ショウヤが、茫然としながら呟いた。
ハルトは小さく頷いた。
「やっぱり俺も…紙パンツにするべきだった…」
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