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レコ発LIVE(1)
そして…待ちに待った?
光鬱の、レコ発LIVEの日が来た。
会場に入ると…既にアヤメは、対バンのメンバーに囲まれていた。
「おはようございます…」
僕は、それを遠巻きに見ながら…店のスタッフさんに、コソコソと挨拶をした。
「あ、カオル…おはよう!」
僕の姿を見付けたアヤメは、取り囲んでいた連中はどうでもいいように、すぐに僕に駆け寄ってきた。
「今日はよろしくね」
「あ、はい…よろしくお願いします…」
取り巻いていた連中の…何となく突き刺さる視線を感じながら…僕は、アヤメに誘われて、会場の一角のテーブルについた。
そんな事は全く気にせず…アヤメは僕の隣に座ると、不自然なくらいに肩を擦り寄せながら言ってきた。
「一応セトリ書いておいたけど…何かPAとか照明とか、予め言っておきたい事、何かある?」
「あーそうですね…」
「こないだみたいに…ドラムのモニターからも、音返してもらうか」
「それは、実際に聞いてみてからでいいかと思います」
「そうか…」
「あ、すいませんアヤメさん…そちら、紹介して頂いてもいいですか?」
話し込んでいる僕らの所に…対バンらしい、知らない2人が声をかけてきた。
「ああ…」
アヤメは、シュッと顔を上げて彼を見た。
「これ、ウチのボーカルのカオル…」
そして、僕に向かって続けた。
「こちら、いつも俺のイベントに出てくれる…サイファーってバンドの、ギターのケンイチと、ボーカルのセイヤ」
「あ、よろしくお願いします…」
僕は、慌ててイスから立ち上がると…彼らに向かって深々と頭を下げた。
「カオルくんって、トキドルの人でしょ…YouTube観たよ」
セイヤと呼ばれた人物が、少し高めの通る声で、僕に言った。
「ホントですか…ありがとうございます」
「俺も、前やってたバンドで、前のボーカルんときのトキドルと対バンした事あるよ」
ケンイチと呼ばれた人物も、僕に向かって続けた。
「そうなんですね!?」
「ああ…サエゾウさんとか、もしかしたら俺の事覚えてくれてるかも」
「今度聞いときます…ってか、たぶん今日来てくれると思います」
「ホント?…じゃあ会えるかな」
「はい、たぶん…」
何だかんだで、アマチュアミュージシャン業界って…どっかで繋がってるケースが多いよなー
そんな感じで、少し話してから、彼らが離れていった後に…また同じように、対バンのメンバーが次々とやってきた。
「トキドルのボーカルさんですよね」
「YouTube観ました」
「楽しみにしてますねー」
「よろしくお願いします」
「…こちらこそ、よろしくお願いします!」
前回は何となく、そこにいる全員に敵対視されているような気がしていた僕は…皆にそんな風に、親しげに声を掛けてもらえた事が、嬉しくて仕方がなかった。
「カオル、次俺たちだからね」
何となくニンマリしていた僕に向かって、アヤメがいつになく強い口調で言った。
「あ、はい…」
僕は慌てて彼の方を向いた。
前のバンドが、曲を演奏し始めた。
そんな大轟音の中…アヤメは、僕の肩をグイッと掴むと、僕の耳元で…聞こえるように大声で言った。
「皆…トキドルの事ばっかり言うのなー」
「…っ」
「今日は俺のボーカルなのに」
「…」
アヤメは、少し悔しそうに…ニヤッと笑っていた。
僕は、少し恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになって、思わず彼から目を逸らしてしまった。
そんな僕の頭をポンッと叩くと…アヤメはスッと立ち上がって、自分のギターのセッティングを始めた。
そうだよな…
今日は光鬱のLIVEなんだから…
僕は、トキドルの事をいっぱい褒められて、少し浮かれていた事を反省した。
前のバンドのリハが終わって、僕らの番になった。
またも、PCを持ち込むアヤメのセッティングを…皆が興味津々な様子で見守っていた。
「それでは、曲でお願いします」
PAスタッフさんに言われて…アヤメが音源を流し始めると…今度は、その場にいる興味津々視線が…全部僕の方に集中してきた…
「……」
僕はなるべくそれを気にしないように…ステージ上で聞こえてくるモニターの音に、必死で集中した。
ワンコーラスを終えて、アヤメは曲を止めた。
「どう?…やっぱり後ろからも音あった方が良い気が…俺はするけど」
「はい、僕もそう思います」
結局、やはりPAさんにお願いして…実際には必要ないと思われる、ドラマー向けのモニターや、キーボード向けのモニターからも、音を返してもらう事にした。
そうする事によって、PCから流れる音源が…まるでそこで誰かが、実際に演奏しているように錯覚できるのだ!
「…名前…無かったですよね?」
気持ちよくリハを終えて…僕はアヤメに言った。
「は?」
「ドラムとベースと…キーボードの人の名前ですよ」
「…!?」
「だって、ちゃんとそこに居る彼らも、光鬱のれっきとしたメンバーじゃないですか!…名前、考えましょう」
僕は真剣な表情で、彼に詰め寄った。
そのくらい…僕には、彼らがそこで演奏しているように思えたのだ!
「……そ、そうだね…」
アヤメは…
若干、イタイ人を見る目で僕を見ていた。
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