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レコ発LIVE(4)
そして…何事も無かったかのように…
いや、若干僕のマイクを持つ手は覚束なかったが…
無事セッティングも終えて、ついにステージの幕が上がった。
同時に大音量で、SE的な音源が流された。
更に同時に…少しずつ見えてきた観客から、大きな歓声が聞こえてきた。
ああ…始まった…
と、そこへ…ギュイーンと、音源を掻き消すほどの音量で、アヤメのギターが鳴った。
「…!!」
そのギターの音が…ついさっきまで、僕の中にあったアヤメの感触と共鳴して…僕の身体を完全に飲み込み、そして突き抜けていった。
「……っ」
それは…絵も言われぬ感覚だった。
地に足がつかないような、フワフワとした高揚感と共に…僕は、更に進んでいく曲の、その映像の世界へと、あっという間に放り出されてしまった。
「うわー…既にヤりやがったなー」
そんな僕の様子を、後ろの方で見ていたサエゾウが…隣にいたカイに向かって、プンプンしながら言った。
「分かりやすいな」
「…まあ、どれだけの人がそこに気付いてるかどうかは、知らんけどな…」
「むかつくー」
「なるほど…そういう手があったか…」
「ハルトさん、感心してる場合ですかっ!」
「敵も去るものってとこか…」
ふっと笑いながらカイがそう言ったのを聞いて…シルクは珍しく真剣な表情で呟いた。
「あいつも…本気なんだ…」
「えー?…シルくん、何ー?」
シルクの呟きは、大音量にかき消されて…誰の耳にも届く事は無かった。
力強く個性的な楽曲を…華やかな衣装を纏った、瞳の色も鮮やかな二次元的な2人が、踊るように奏でていく様子に…おそらく会場の誰もが、心を奪われずにはいられなかったであろうと思われた。
しかし残念ながら…観客の表情など、これっぽっちも僕の目に入ってはいなかった。
トキドルだったら、もう少しは余裕があるんだけどな…
僕は完全に…何というか、トリップしていた。
自分の意識が、いつ身体から抜け出してもおかしくない感覚だった。
いったらそれは…例の高額モデルのときに、催淫剤を飲まされたときの感覚と似ていた。
「あんなの…本当のカオルさんじゃない…」
ショウヤがカメラを握りしめながら言った。
「…そうかもな」
隣で聞いていたハルトも呟いた。
「悪くないけどな…」
シルクは、ふふっと笑いながら…まるで上から目線な感じで言った。
最後の曲に入る前に…アヤメが喋った。
「今日はCD持ってきたからさ…連れて帰ってよね」
「キャー」
「連れて帰るー」
「絶対買うー!」
「アヤメー」
会場が黄色い声で埋め尽くされた。
「ほんっっとに、エラそうー」
サエゾウがまた、プンプンのご様子で言った。
「あははは、どうする?俺らも連れて帰る?」
「当然だろー」
買うんだ(笑
そして、最後の曲も終わった。
大歓声の中…ゆっくりと幕が下された。
僕はまた、その場にドサッと崩れ落ちた。
「…」
それを見たアヤメは、とりあえずギターを下ろすと…僕の身体をしっかりと抱き上げて、楽屋へと運んだ。
かろうじて意識を保っていた僕を、楽屋の隅の椅子に座らせながら、彼は言った。
「横になる?」
「あ、いえ…大丈夫です…」
「抜く?」
「…あ…いえ…我慢…できます…」
「…」
それを聞いたアヤメは、少し悔しそうな表情を見せたが…すぐに取り直して、続けた。
「お疲れ…ありがとう…」
「…っ」
僕は必死にアヤメに向かって顔を上げると、力無く微笑んだ。
「お疲れ様です!」
「すっげーカッコよかったです!!」
バタバタと…
他のバンドのメンバーが、楽屋に入って来た。
「ありがとう…」
アヤメは笑顔でそう返すと…僕に向かって言った。
「誰か呼んでくるから…動けるようになったら、また連れて帰ってもらってね」
「……」
「あ、この子…ちょっと休憩中だから、気にしないでそっとしといてやって…」
彼は、そこにいた他の人たちにそう言い残すと…スタスタと楽屋を出ていってしまった。
「…」
僕は、そのまま…楽屋のテーブルに突っ伏した。
背後でガヤガヤと、荷物を片付ける音がしていた。
たまに「大丈夫なの?」とか「アヤメさんが休ませといてっていってた」なんて話し声もぼんやり聞きながら…僕はいつの間にか、うつらうつらしていた。
「カオルさん…」
「カオル…大丈夫?」
聞き慣れた2人の声で、僕はハッと顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
「…辛くない?」
ショウヤとハルトが、僕の肩に手を置いて…優しく声をかけてくれていた。
「……っ」
「荷物、これだけ?…着替えは?」
ハルトはテキパキと、僕の荷物を片付け始めた。
既に楽屋には、僕ら以外誰も居なくなっていた。
「処理…しなくて大丈夫なんですか?」
ショウヤが、僕の膝元にしゃがみ込んで…じっと僕の股間を見ながら言った。
「だ…大丈夫…そうです…」
僕は顔を真っ赤にしながら答えた。
それを聞いたショウヤは…
勝ち誇ったような表情で、ニヤッと笑った。
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